2009年7月3日(金)
NHK教育 「知る楽」
裁判員制度を考えるシリーズ 「裁判員制度への道」 の第1回は、 「大岡裁きの深層」 と題して江戸時代の「お白洲」での裁判における 大岡越前の司法官(裁判官)としての側面と行政官としての側面を 描いていた。
これが、「お上に頼る」国民気質を醸成する一つのポイントとして捉え、 裁判員制度への国民の距離感の一因として描いている。
なるほど、そういう見方もあるのか!?と言う話である。
今後、シリーズで描かれるようなので、今日の放送だけで是非を論じるのは 避けることにする。
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裁判員制度への道 今年5月に裁判員制度が施行され、国民一人ひとりが有罪・無罪の判決に加わる時代が来た。「民主主義の実現」、「司法の信頼を高める」、「司法と国民の距離が近くなる」など社会的な意味が叫ばれる一方で、国民の間には消極的な意見が未だ根強い。人を裁くことに対する責任の重さや、自信の無さが主な理由だ。その裏には、司法を遠ざけてしまう国民性が垣間見える。それはいつどのように生まれたものなのか。そして、国民は裁判とどのように向き合ってきたのか。日本における裁判の歴史を辿りながら、裁きに対する日本人の意識がどのように醸成されてきたのかを探り、裁判員制度が実現したことの意味を改めて考える。
「大岡裁き」の深層 「裁きはお上がするもの」という日本人の法意識。その源泉を探ると、あの名奉行・大岡越前守に辿り着く…。大岡越前といえば人情味あふれる名裁きで有名だが、実は今に伝わる物語のほとんどが作り話だ。実際の越前は、不義密通の男女に死刑の判決を下すような厳しい裁判官だった。その大岡越前をなぜ私たちはヒーローと受け止めてきたのか。その裏には、江戸幕府が庶民の心を掌握していった、絶妙な統治の仕方があった。大岡越前の虚像と実像に、日本人の法意識の原点を探る。
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