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観劇レビュー&旅行記
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コロナ禍を乗り越え舞台を作る【劇団四季】吉田智誉樹社長インタビュー
2024年1月5日(金)

週刊エコノミスト 2024年1月16日号掲載インタビュー


情熱人:コロナ禍を乗り越え舞台を作る
 ――吉田智誉樹さん

 https://weekly-economist.mainichi.jp/.../se1/00m/020/006000c
 週刊エコノミスト Online  2024年1月16日号掲載


「劇団四季」社長 吉田智誉樹
YoshidaChiyoki_Economist_20240104-01.jpg


 新型コロナウイルス禍では全公演が中止となるなど未曽有の危機を経験した「劇団四季」。社長の吉田智誉樹さんは、劇団創立者の故・浅利慶太氏の教えを胸に奮闘を続け、2024年で就任から10年を迎える。
 (聞き手=安藤大介・編集部)



── 新型コロナウイルス禍では、ミュージカルを上演できない期間もあり、「劇団四季」にとって大きな危機でした。

吉田 コロナの影響は現在では、ほぼなくなっていますが、いくつか問題はあります。観客数はコロナ前の100%に回復したかというと、そうではない。人気のある作品はほぼ満員ですが、概算でコロナ前の9割くらい。1割程度はコロナでいったん、劇場から足が遠ざかってしまい、その流れが続いています。

 コロナ感染により出演者がいなくなり、公演が中止になるリスクも残っています。感染者が出ると、同じ役ができる別の俳優を送り込んで公演を続けますが、代替できる俳優がいない場合には公演が中止になります。2023年も十数回中止になりました。


── 劇団四季は東京、大阪、名古屋に計7カ所の専用劇場を擁し、俳優・スタッフ約1400人と世界最大規模の演劇集団です。一番厳しかった時期は感染が拡大した20年ごろではないですか。

吉田 本当に苦難の連続でした。政府や自治体からの要請で約4カ月半、公演などが全くなくなってしまいました。経験したことがない事態で非常に当惑しましたね。技術者や経営スタッフは在宅でも仕事ができますが、俳優は舞台本番はもちろん、稽古(けいこ)をすることもできなくなりました。俳優には公演があったとみなしてギャラを払うことにしました。オンラインのレッスンなどもやり、何とか彼らが平常心を保てるような工夫をしました。

 劇団四季自体も持続できるのかという問題に直面しました。公演がストップした状況で組織はいつまで持つのかをシミュレーションしたところ、2年以上は持ちこたえると分かり、だいぶ気持ちが楽になりましたね。(劇団創設者)浅利慶太の時代から「野球選手はグラウンドで稼げ」というのと同様に「舞台人は舞台で稼げ」と言われ、資産運用などには積極的でなく、利益のほとんどは内部留保になっていました。これが大きかったです。


── コロナ禍では新事業も始めましたね。

吉田 収益的に一番大きかったのは公演の動画配信です。「ライオンキング」や「キャッツ」のような海外から上演する権利を購入している作品は配信できないので、オリジナル作品をオンラインで配信したところ、想像以上の反響がありました。


── 「バケモノの子」や「はじまりの樹の神話~こそあどの森の物語~」「ロボット・イン・ザ・ガーデン」といった作品ですね。

吉田 現在でもオリジナル作品を上演する際には配信を考えるようにしています。もちろん本業を補うまでには至らず、劇場での観劇の代替にはなり得ませんが、価格も安く、お茶の間で家族で見られます。配信を見て、「やっぱり生がいいので舞台を見に来た」という人も結構いて、宣伝活動にもなっています。また、地方在住の人が初演を見ようと思えば東京に来なければならないのですが、配信があるなら自宅で見るという人もいました。新しい発見でしたね。

 浅利慶太氏(1933~2018年)が53年に創設した劇団四季。その運営会社「四季」で14年、浅利氏から経営を引き継いだのが吉田さんだ。吉田さんの演劇との出会いは、高校で幼なじみだった先輩に出会い、演劇部に執拗(しつよう)に勧誘されたこと。仕方なく入ったが意外にも面白く、プロの演劇も見るようになった。初めて見た舞台は劇団四季の「コーラスライン」。大学に進学後も、高校時代の仲間と劇団を作り、横浜の中華街の小劇場で上演するなどしていた。


「なぜここに来たんだ」と詰問
── 慶応義塾大学卒業後の87年に四季に入社し、広報や営業を長く務めます。劇団四季に入った経緯は?

吉田 実は劇団四季は冷やかしで受けたようなものでした。テレビ番組の製作会社から内定をもらい、そちらに行こうと思っていたのです。ただ、劇団四季は気になっていて、作品や著作に名前がある「浅利慶太」と会話できるチャンスがあるのではと考えました。1次面接でいきなり本人が登場して、びっくりしましたね(笑)。

 最終面接は浅利と一対一の面接でした。覚えているのは「なぜ、ここに来たんだ」と問われたこと。「自分も慶応大学の出身で学生時代に劇団を立ち上げ、プロとしてやっている。同じように君自身が自分の劇団を作ってやればいいじゃないか」と言われたんです。「なぜ起業しないのか」などと問われると思っておらず、しどろもどろになりました。ですがその後、「内定」と連絡がありました。質問の意図は今でも考えるのですが、「四季で働くということは、起業するくらいの努力が必要だ」と言いたかったのかもしれません。


── ともあれ劇団四季を選びました。

吉田 本当は四季に行く気はなくて。不届きな話ですが、「浅利に会う」ミッションを終え、予定通りに製作会社に行こうかと思っていたんです。ところが友人と電話で話し、急きょ路線を変更しました。

 話したのはミュージカルやライブエンターテインメントは、日本と欧米で大きな差があるということです。欧米では、(ニューヨークの)…
(以下略:有料記事)





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テーマ:ミュージカル - ジャンル:学問・文化・芸術

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