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5月21日、劇団四季のミュージカル『ノートルダムの鐘』横浜公演がKAAT 神奈川芸術劇場〈ホール〉で開幕した。カーテンコールはなんと7回! 客席は涙ながらのスタンディングオベーションとなり、出演者たちに熱い拍手が送られた。観劇した人たちの反響は凄まじく、初日の終演直後からSNS上では絶賛の声が飛び交う。
開幕した劇団四季『ノートルダムの鐘』

フロロー(右上)に忠実だったカジモド(中下)が、
愛するエスメラルダを助けるため、とある行動に…
本作は、ヴィクトル・ユゴーの代表作『Notre-Dame de Paris(ノートルダム・ド・パリ)』に発想を得た作品。1996年公開のディズニーのアニメーション映画が広く知られる。
2014年にはディズニーがミュージカルとして製作し、米国で上演。劇団四季は2016年の初演以降、全国5か所で上演した。
演劇ファンの間でも「最愛の作品」と呼び声高い本作は、大人こそ楽しめるミュージカルといえる。その理由は、従来のディズニーミュージカルにあるファンタジックでハッピーなイメージとは異なる、ドラマティックでシリアスなストーリーによるところが大きい。
3人の男性が1人の女性を愛する“愛憎の四角関係”を主軸に、生まれながらに障害を持つ鐘突き男のカジモド、人を惹きつけてやまないジプシーの踊り子・エスメラルダ、聖職者でありながら情欲にまみれるフロロー、任務と恋愛に揺れる兵士フィーバスと、美と醜、愛と欲、善と悪など、相反する2つの心情を行き来し、誰もが持ち合わせる「人間の性」を観る人に突きつける。
「醜くて美しいあるがままの世界を舞台に息づかせたい」と話すのは、レジデント・ディレクターの山下純輝氏。
カジモド役の金本泰潤は、普通の“人間”として登場してから、手につけたインクで顔を汚し、髪をぐしゃぐしゃにし、こぶを背負う。そうして手足をいびつに曲げ、くぐもった発声でせりふをしゃべって“怪物”を演じる。カジモドという名は、「出来損ない」を意味する。
「本作は人間の“光”と“闇”を描いた、美しく重厚なミュージカル」と表する金本は、「人間の宿命を見つめ、明日を生きる祈りを謳う作品のメッセージを、お客様の心にしっかりとお届けできるよう、誠心誠意努めたい」と意気込みを語る。

エスメラルダは偏見を持たず、権力にも屈しない、勇敢で美しい女性。
その生き方、そして情熱的な踊りは、見る人を魅了する
ステンドグラス、鐘、聖歌隊
…まるでノートルダムそのもの
見どころのひとつは、なんといってもノートルダム大聖堂のセットだ。
実際のノートルダム大聖堂は2019年の火事で歴史的な被害を受け、いまなお復興が待たれるが、本作では大聖堂の顔ともいえるバラ窓のステンドグラスが本物と見まごうほど細部まで再現されている。
また、カジモドの棲家でもある鐘突き塔の内部には、入り組むように吊り下げられた7つの鐘があり、カジモドが全体重をかけて紐で引っ張ると大きく揺れて鳴り響き、まるで大聖堂の内部にいるかのような錯覚を覚える。
そこに「クワイヤ」と呼ばれる聖歌隊が並び、歌声を響かせて荘厳さを増幅させる。この「クワイヤ」は他の劇団四季ミュージカルにはないだけに、この作品らしさを一層際立たせる存在でもある。
そして、メインキャスト四者四様の圧倒的な演技と歌唱は、その一つひとつが見せ場に。初めて恋をしたカジモドの葛藤、女性も見惚れるエスメラルダの妖艶なダンス、軽薄そうな色男から一変して一途にエスメラルダを愛するフィーバス、愛と欲望をこじらせた憎たらしいフロロー…
実際、四者それぞれの“悲しみ”をのせた歌声には、涙にむせぶ声がのっけから最後まであちこちから漏れ聞こえる。
本作は、ディズニーのアニメーション映画とは結末がまったく異なるところも、注目したいポイント。すべての登場人物が抱える「光と闇」がより生々しく、美しく描かれており、大粒の涙なくして観ることはできない。
怪物か人間か、私たちは何者か――深く重く、観る者の心に問いを残す『ノートルダムの鐘』横浜公演は、8月7日まで行われる。
【STORY】
舞台は15世紀末のパリ・ノートルダム大聖堂。生まれながらに障害を抱えた孤児のカジモドは、ノートルダム大聖堂の大助祭・フロローによって鐘突き塔に閉じ込められ、密かに育てられる。外の世界へ憧れを募らせるカジモドは、祭りの日、ついに街へ飛び出す。しかし、みにくい容姿があらわになったとたん、「怪物だ!」と瞬く間に民衆たちの嘲笑の標的に。彼を助けたのは、美しいジプシーの踊り子・エスメラルダ。生まれて初めて人の優しさに触れたカジモドは彼女に心をときめかせるが、そこに居合わせたフロローと大聖堂の警備隊長・フィーバスもまた、彼女に惹かれてしまう。入り組んだ愛憎は連鎖し、やがて思わぬ結末へ…。