朝日新聞などによると、昭和の始まりとともに自殺した 芥川龍之介

の遺書が4通見つかり、複製が公開されると言う。(写真はWikipediaより)
作家らしく、遺書も二百字詰め原稿用紙に黒インクで書いてあるという。
記事によると、遺書なのに何度も推敲した経過が見えるという。 何事にも緻密に取組む人だったんだ。
 (あらたに発見された芥川龍之介が子どもたちにあてた遺書 =18日午前10時30分、東京都目黒区駒場の日本近代文学館、 筋野健太撮影 asahi.com より拝借)
「人生は死に至る戦ひ」芥川龍之介の幻の遺書4通発見(朝日新聞) - goo ニュース 「人生は死に至る戦ひ」芥川龍之介の幻の遺書4通発見 朝日新聞 2008年7月18日12時15分
35歳で自殺した作家芥川龍之介の遺書4通の現物が、東京都目黒区の遺族宅から見つかった。芥川の遺書の内容は6通分が全集に収録されているが、一部を除いて焼却処分されたと思われていた。同区の日本近代文学館に寄贈され、19日から複製が一般公開される。
芥川の遺書6通のうち、友人の小穴隆一あてと妻文子あての断片が同文学館に保管されていた。今回新たに現物が見つかったのは、妻あての2通と「わが子等(ら)に」と題された子供たちにあてた1通、友人の菊池寛にあてたと思われる1通。
愛用していた松屋製の200字詰めの原稿用紙に、黒色のインクでしたためられている。芥川らしい細い字体で、「人生は死に至る戦ひなることを忘るべからず」(子供たちあて)など、一字一字楷書(かいしょ)で丁寧に書かれている。推敲(すいこう)の跡も見える。
妻にあてた遺書の中に「この遺書は直ちに焼棄せよ」と遺言されていたことから、処分されたと思われていた。この春、孫の耿子(てるこ)さんが自宅を整理していて発見した。
芥川は、作家としての絶頂期にあった1927年7月、「将来に対する唯(ただ)ぼんやりした不安」との言葉を残し、東京・田端の自宅で服毒自殺した。
竜之介の遺書4通発見 焼却免れ、遺族が寄贈(共同通信) - goo ニュース
 (この写真は共同通信Web版より拝借)
芥川龍之介自筆の遺書4通(産経新聞) - goo ニュース
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