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それぞれの場所に心を、そして魂を置きに行きます――。「劇団四季 The Bridge~歌の架け橋~」(「ブリッジ」)の全国公演にかける思いをそう語るのは、劇団四季の俳優・青山弥生さんだ。歌、ダンス、朗唱……90分ノンストップの濃密なショーで、舞台上だけでなく、9月末まで息つく間もなく日本中を駆け抜ける。
「ライオンキング」のラフィキ役や「リトルマーメイド」のアースラ役などで知られる。
ファンを魅了するのは、長年の経験に裏打ちされた高い歌唱力やキレのあるダンスだけではない。舞台俳優では珍しい150センチ以下という小柄な背丈でさえ、むしろ個性という強みにしてしまう。唯一無二の存在感を放ち、ステージに立ち続けてきた。

劇団四季の初舞台を踏んで40年。いつの間にか当たり前になっていた舞台という居場所、演じるという役割――。
それが、新型コロナウイルスの感染拡大で崩れた。昨年、劇団が予定していた全公演の3分の1以上は中止になった。
「演劇なんてやってもいいのかな……。もし再開できたとしても、果たしてお客様にお越し頂けるのだろうか」。自身の核にあった演劇の存在意義がゆらぎ、葛藤が続いた。
昨年4月に台本を受け取っていた「ブリッジ」の稽古は10月下旬に始まった。演劇の存在、ステージに立つこと、満席の客席……いずれも決して当たり前ではなく、とても尊いことなのだと、再び稽古場に足を踏み入れた時、俳優皆が共に感じていたという。
もともとは、昨夏完成のJR東日本四季劇場「秋」(東京)の開場を記念し上演を予定していた本作。新型コロナで延期され、今年1月に、四季劇場「春」のこけら落とし公演で開幕できた経緯がある。
7月14日に創立68周年を迎えた劇団四季。「ブリッジ」では、オリジナル作品や海外ミュージカルなど過去の上演作品から楽曲を集め、劇団の歩みを凝縮した。「人生は生きるに値する」「生きていることはそれだけで感動的だ」といった、劇団の理念に象徴される命の大切さを扱うナンバーも多い。
作品のベースになっているのは、1983年初演のミュージカル「キャッツ」のプログラムに掲載された長編詩「ハングリー・キャッツ」だ。
劇団四季を設立した若者10人をキャッツの登場人物に重ね、元劇団員で詩人の吉原幸子さん(故人)が書き上げた。ハングリー精神に満ちた初志。いわば、「劇団四季の原点」を体現した力強いメッセージが込められている。
青山さんも初演から出演し、強い思い入れのある作品だという。
稽古では、俳優一人ひとりが「入団当時の気持ち」を語る時間が設けられた。
飛び交ったのは、演劇に対する愛情やあこがれ、舞台への渇望などの熱い思い。長く閉塞(へいそく)する社会情勢、そのなかで劇団が置かれた厳しい状況も重なった。くしくも劇団員らは劇団四季の原点をなぞり、かみしめながら稽古を重ねることに。「まさに、初心忘れるべからずということですよね」
全国公演は4月に始まった。「私たちは舞台上でのパフォーマンス……一方、お客様は客席で拍手することでしか、互いの思いを表現できません」。だが、そのやりとりができることだけでも「演劇の意義」を感じている。
観客たちの表情はマスクで見えない。それでも、真心のこもった拍手に気持ちは託され、劇場内に確かなつながりが芽生える。「私たちはこの空間と時間をずっと待ち望んでいたけど、お客様も待っていて下さったんだと。その感動は他に例えようがありません」
ある会場では、「劇を見て感情があふれました。マスクで口と共に自分の喜怒哀楽まで塞いでいたと気付きました」という感想が寄せられた。今も探し続けている演劇の醍醐(だいご)味の一片を見つけられた気がした。
「楽曲で過去を想起し、ライフステージの変遷や人生の過ごし方に思いをはせてみては」。過去・現在・未来という時流、舞台と客席の一体化、次世代への橋渡し。「ブリッジ」はさまざまな架け橋だと捉える。
「これからもどうかお互い負けずに生きていきましょうね! 公演がそんなエールになってほしい」
42都道府県を巡る全国公演は9月末まで。各公演の出演者は未発表。上演スケジュールの確認やチケットの予約・購入は、劇団四季オフィシャルホームページ(https://www.shiki.jp/別ウインドウで開きます)から。新型コロナウイルス感染症対策で観客数を縮小する公演もある。チケットはS席9900円、A席6600円、B席3300円など。
(浜田綾)