
(引用)
福岡市博多区の「キャナルシティ劇場」で、劇団四季のミュージカル「キャッツ」が、最後の長期公演として上演されている。劇場は来年5月に劇団四季の専用利用を終了する予定で、以降はコンサートや演劇など多様な演目を上演する場に転換される。年間を通じた公演に加え、児童の招待イベントや俳優の出張授業など、劇団四季の活動は九州の劇場文化発展に大きな足跡を残した。さらなるロングランがかなわず、日本を代表する劇団の撤退に喪失感が広がっている。
劇場の壁一面に貼り付けられた約2500点のごみのオブジェ。「キャッツ」は、都会のごみ捨て場に生きる24匹の猫の生きる力を描いた作品で、猫を演じる俳優の野性味あふれる動きが観客を魅了する。


福岡での公演は4度目。この作品は、福岡の劇場文化史にとって特別な意味を持つ。平成2年に劇団四季が福岡で初めて長期公演をした際の作品が「キャッツ」だったからだ。
当時の会場は、シーサイドももち(福岡市早良区)に設営したテント式の仮設劇場。東京、大阪、名古屋の三大都市以外で採算を取るのは難しく、年に数回の公演が限界といわれていた。ところが結果は237回の公演で23万人の観客を動員する大ヒットとなり、7カ月のロングランを達成した。
見る人を圧倒する俳優の演技と歌唱力。逆境の中を生きる猫が伝えるメッセージ。「キャッツ」は多くの人の心を打った。「ミュージカル俳優になりたい」「劇団四季に入りたい」。若者も夢中になった。
この熱気に福岡の経済界が注目した。
「プロ野球の球団とプロの演劇集団は、
どちらも都市の魅力に欠かせない」
福岡シティ銀行(現西日本シティ銀行)頭取だった四島司氏(故人)は福岡公演の盛況を受け、劇団四季代表だった浅利慶太氏(同)に、専用劇場をつくろうと声を掛けた。商業施設「キャナルシティ博多」の建設計画が進んでいた。キャナルの核として劇団四季を誘致しようと、建設を手掛ける福岡地所トップらも、熱心に浅利氏を口説いた。
九州電力など福岡の主要企業でつくる任意団体「七社会」をはじめ地場企業も劇場の運営会社設立にあたり、出資や役員派遣などで支援した。福岡市もPRに力を入れた。掛け声だけでなく実際に観客が入るよう、行政や企業が努力を惜しまなかった。
福岡の熱は伝わり、平成8年、劇団四季初の常設専用劇場がキャナルシティ博多にオープンした。観客の感動を高めたいと、同劇場は消防法が許すぎりぎりまで客席と舞台を近づけている。
■裾野広がる
劇団四季にとってキャナルシティ劇場は、演劇人口の裾野を広げる拠点になった。これを機に常設専用劇場は各地に広がった。福岡の経済界と行政の緊密な連携は、地域一体で芸術文化を育てるモデルとされた。
キャナルでは観客動員の減少で(平成)22年に専用劇場の契約を終了したが、29年に改めて専用使用を再開。31年3月から約10カ月上演された「ライオンキング」は動員率98%を達成。29年以降の公演数は10作品で計約880回、動員数は約73万人に上る。
開業から25年がたち、子供のころ福岡で初めて演劇を見て、劇団四季に入団した俳優やスタッフがいる。劇団四季で力を磨き、地元に戻って文化活動に取り組む人もいる。児童を無料で招待するイベントも定期的に開き、福岡市内では約16万人を招待した。
しかし、地方での活動継続は壁が高かったとみられ、昨年、劇場を所有する福岡地所が「契約延長が難しい」との意向を示し、契約終了に合意した。契約が終了する来年5月末以降は、コンサートや演劇のほか、能や歌舞伎、落語など多様な演目を上演する場に転換される。
■一極集中の是正
劇団四季関係者は、最終公演に特別な思いで臨んでいる。
舞台監督の福永泰晴氏は「平成26年の福岡公演で、キャッツの舞台監督を任せてもらえるようになり、第一歩をここで踏み出した。悔いのないよう作品を届けたい」と決意を語った。
舞台美術を担当する土屋茂昭氏は、平成2年の福岡公演にも携わった。「福岡の方々は興奮度が高く、ぐっと反応してくれた。福岡タワーに『CATS』の文字が電飾で描かれたのを鮮明に覚えている」と、当時の歓迎ムードを振り返った。
劇団四季の理念の一つに「文化の一極集中の是正」がある。大都市だけでなく地方にも舞台の感動を届ける使命感が、福岡での長年の活動につながった。
劇団四季の吉田智誉樹社長は「九州での新たな活動の形を模索していく」とのコメントを発表している。
質の高いミュージカルが年間を通じて鑑賞できるようになり、福岡の都市としての魅力は高まった。九州から演劇文化の灯が消えないことを、ファンや関係者が願っている。
「キャッツ」福岡公演は来年1月30日までを予定。
福岡県に緊急事態宣言が発令された場合でも、感染症対策を取った上で上演を続ける。
(一居真由子)