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観劇レビュー&旅行記
【観劇レビュー&旅行記】を中心にFC2上で、私も思いを気の向くままに書いてゆきます。 政治・時事評論は 【JUNSKY blog 2018】に引続き運用します。リンクの一番上に記載しています。


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Author:junsky07 私の旅行記や、オペラ・バレエ・ミュージカル・演劇等の観劇の感想などを気の向くままに書いてゆきます。



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劇団こまつ座・井上麻矢代表の記念講演
2019年4月28日(日)

福岡市民劇場第59回定期総会での
劇団こまつ座代表・井上麻矢さんの記念講演


以下は、1時間におよぶ講演を iPad にてダイレクト入力したものですので、
お話しされた内容の一部で、途中で欠落している部分(・・・)もあります。
部分的にはお話の内容を投稿者のほうで要約しています。

それ故、文責は当然投稿者にあります。(文字強調も投稿者による)

     **********

【井上麻矢さんの講演の概要】
  2019年4月27日(土) 17:00 - 18:00

20190429120730dd3.jpg

今、定期総会での話を聞いていて劇団も同じだなと思った。
(偶然か、去年の前進座・藤川さんの反応と同様)

父は新しいことをする場合は歴史から学ぶと言っていた。

後継者の問題もある。

お金も大事であるが、裏付けの活動が・・・

総会の議論を聴いて「勉強になりました」。

私は実は「勉強になりました」と云う言葉は嫌い。
俳優たちが安易に「勉強になりました」を乱発する。
「勉強になりました」は20歳まで。

(福岡市民劇場について)これだけの組織が継続して行くのは大変だ!

熱心な論議を聞いていて今熱い状況だ。

【こまつ座】は、私が小学生の時に出来たが、それ以前から劇団はあった。

父・井上ひさしは
「そろそろ東京でやっているものが最高では無く、
 地方から優れたものが発信される必要がある。」
  と常々言っていた。

そう云うことを
木村光一、小沢昭一、井上ひさしの3人で連日論議していたのを
小学生の私は観ていた。
木村光一さんは演出が最も重要。
小沢昭一さんは、それぞれ大事だが役者の演技が重要。
井上ひさしは、本が大事 と、それぞれが自己主張!
そう云う論議が続き、3人で劇団を立ち上げようと云う話は立ち消えに。

父・井上ひさしが「こまつ座」を立ち上げる前に
木村光一さんの劇場と
小沢昭一さんの『しゃぼん玉座』ができた。

この二つの劇団は(井上ひさし氏生存中に)無くなったが
最後に立ち上がった「こまつ座」は今も続いている。

今、こまつ座の全権を担っているのでお金の問題も含めて劇団経営は大変。

(以下、井上ひさしが注目されるまでのいきさつだが、
 話が時系列的に前後している?処もあるようで記録がまとまっていない)

テアトルエコー時に熊倉一雄さんが「ひょっこりひょうたん島」
脚本(井上ひさし他)を注目してくれた。
井上ひさしはまだ20代で、熊倉一雄さんは「ひょっこりひょうたん島」のトラヒゲ役。

社会の中の弱い子どもと悪い大人が出てくるものだったので
NHKは早々に打ち切ろうとしていたが、子ども達の支持で5、6年続いた。

テアトルエコーに派閥争いがあったようで
熊倉一雄さんに拾われた井上ひさしさんも追い出された。

本田栄三郎さんの話。
プロレタリア文学運動に関わった方。
(特高警察に殺された小林多喜二のデスマスクを取った方だとのこと)

木村光一さんと出会って「こまつ座」に繋がる。

現在の「こまつ座」の団員で生の井上ひさしを知っているのは2名だけ

私(麻矢)は『劇団の子』だったので内情を知り尽くしていたことで
劇団は絶対継ぎたくなかった。


野球のリトルリーグに入っていたので、女性野球解説者になりたかった。
父は、野球を見るためだけに私の部屋にテレビを入れてくれた。

最初、スポニチに入社。
井上ひさしの娘であることはすぐに知られてしまった。
広告局か財務部を希望し、広告局に配属。

校閲作業を中心にして業務をしていた。
新入社員で東京配属だったが(業務多忙で)家に帰れなかった。

スポニチ社員と結婚し、9年間で子どもを2人産み離婚もしてスポニチを退社。

その後、ホテルのスパ部門で働いていた。

父が直接ホテルの社長室を訪ね、
ホテルの費用で娘に様々な資格も与えて頂きましたが、その費用を返しに来た。

ホテルの社長が「親の言うことを一度くらい聞きなさい」
強制的に「こまつ座」に入所。 経理を担当した。

帳簿を見た時に累計赤字が大赤字だったのでびっくりした。

父は、「どうしても潰したく無い!」
「自分たちの勝手で『こまつ座』を止めますとは言えない」と

入所後1年で父の肺癌が見付かった。74歳の時。
肺に1.2リットルの水が溜まっていた。

抗癌剤を4クールやったが、「こまつ座」の運営は無理だと分かり
私が社長を引き受けざるを得なくなった。
引き継いだ時の累計赤字が9「千万円。

見たことも触ったこともない額だったので却って割り切れた!

此れまで一緒にやって来た座員は誰も矢面に立とうとしなかった。

その頃には色々と風評が出た。

父は「仕事で示せ」と言う。

井上ひさしさんが社長を辞めたのは、余命を知った時に、
劇団経営者としてではなく「座付き作家」としての仕事をやりたい!

長崎と沖縄を舞台にしたものを書けていなかったので
それを実現する事に余命を掛けた。

今の日本が有るのは、琉球王国の財力に負うところが大きい。
沖縄戦では日本の犠牲になった。

60歳になった時に「何が書きたいか解った」
昭和は戦争の時代であり、一人ひとりの命を書きたい。

沖縄は米軍に殺されただけでは無く、
日本帝国軍から糧食を取られ洞窟から追い出され自決まで迫られた。

退院の許可が出たので、在宅治療かと安心したが、
病院から帰ったその日に「今夜で命が尽きます」と医者から言われ、
2010年4月9日に亡くなった。

沖縄が舞台の『木の上の軍隊』と長崎がテーマ の2つをやるかどうか?!

井上ひさしが完成していない脚本を上演して良いのか?

栗山民也さんに相談した所、是非やろうと言うことになった。

このプロジェクトは、井上ひさし死去から(今年で)9年がかりだった。

東京で初演した時は散々で、「本土の(想いで)作った話だね」と言われ
沖縄の人が見に来てくれなかった。

これを受けて改作し、再演するのが、今回の作品です。

2人の兵士が敗戦を知らず木の上に逃げて戦っていた。
実話であり、今も生き残っている方々が主人公。

これを例会に取り上げてくださった事に大きな意義。

蓬莱竜太さんの脚本。39歳の時の作品。
戦争を知らない世代
2ヶ月で」脚本をあげると言っていたが、2年間掛かった。

戦争を知らない世代に知らせることが大事!

舞台装置も大掛かりで大変。
4mから5mに伸びる木が主人公。
30°から65°に傾斜する装置。

九演連は、観客を育て、スタッフを育て、俳優を育てる運動。
人を育てる運動。

(93歳?の川述事務局長にたいして)
父が凄く無理して死んでしまっているので心配している。
川述さんの経験談を聴けるのは重要な機会。

今になって亡くなる直前に父が語った言葉は宝石だなと思う。

『木の上の軍隊』を取り上げて頂いている事に対して
感謝を込めて上演したい。


産みの親を亡くしたが育ての親が育ててくれている。

井上ひさしさんの言葉
誰もが活動家に成れる訳では無いが、
それぞれの場で活動をしていることが大事。

新しいことをする時徹底して議論する。

若い人
「戦争の話ね、怖い暗い観たくない」との反応。

Twitter とかはやっているが、若い人だけを対象にしていない。

17時54分 終了



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テーマ:演劇・劇団 - ジャンル:学問・文化・芸術

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