観劇レビュー&旅行記
【観劇レビュー&旅行記】を中心にFC2上で、私も思いを気の向くままに書いてゆきます。 政治・時事評論は 【JUNSKY blog 2018】に引続き運用します。リンクの一番上に記載しています。


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ナチスが始めたウィーン・フィル【ニューイヤー・コンサート】
2018年1月7日(日)

NHK ETVでは、2018年1月1日
ウィーン・フィルハーモニーの【ニューイヤー・コンサート】
の生中継前に【ニューイヤー・コンサート】の意義と歴史を
振り返った番組を放送しました。


ウィーン ニューイヤーコンサートに乾杯!
 ~音楽の祝祭を100倍楽しむ方法~
 NHK ETV - 2018年1月1日 18:00 - 18:55


私は録画をようやく今日見たのですが、華やかなコンサートの
負の歴史を紹介していました。

ウィーン・フィルの【ニューイヤー・コンサート】は、ナチスが
プロパガンダとして始めたと云う話しでした。

番組の大半は華やかな処でしたが、『最終章』として結構時間を取って
紹介された『負の歴史』は、この番組の最重要ポイントだったと思います。


迂闊にも私は【ニューイヤー・コンサート】は、ナチスが人気取りと
謂わば国民の不安感と不満の『ガス抜き』のために始めた
と言うことを初めて知りました!

1939年のナチスによるポーランド侵攻によって第二次世界大戦が
始まりますが、ナチスは隣国オーストリアにも侵攻し、ウィーンも
間も無く占領されてしまいました。



ナチスの命令によって1939年の12月31日に『大みそかコンサート』
を開催したのが【ニューイヤー・コンサート】の起源だそうです。



ナチスは、ウィーン・フィルも支配下に置き、命令に服従させました。



翌年の1941年からは、1月1日に開催するように命じ、
文字通り現在まで続く【ニューイヤー・コンサート】になります。



マエストロ・カラヤンは、1987年の【ニューイヤー・コンサート】で
新年の挨拶に続いて『Peace, peace, and once more Peace!』と
観客に呼び掛け万雷の拍手と歓声を浴びますが・・・



ナチス政権下では、カラヤンもナチス党員と成って仕事を得ていました。
このため、戦後長期に渡って指揮ができない時期が有りました。

カラヤンと並ぶマエストロ・フルトヴェングラーもナチス協力者でした。



2009年の【ニューイヤー・コンサート】で、ダニエル・バレンボイムは
平和のメッセージに続いて、



「中東に人間の正義が実現しますように 」と訴えました。



前年の2008年12月27日にイスラエルによるパレスチナへの
大規模空爆が行われたことへの異議申し立てでしょう。

ナチスに迫害され虐殺されたユダヤ人の国が、犯した大量殺戮
と云う歴史の逆転です。



今では、ウィーン・フィルハーモニーの【ニューイヤー・コンサート】は
平和の象徴と成っています!




2017年からウィーンで、ナチスとウィーンフィルハーモニーの関わりについて
公開が始まった関係で、この番組でも紹介されたようです。

上にも述べたとおり、私はこの番組で
ウィーン・フィルの【ニューイヤー・コンサート】は、ナチスが始めたことを
初めて知ったのですが、NHK公式WEBサイトを検索すると、昨年5月に
この問題を特集した番組 が放送されていたことを知りました。

このアーカイブズを見てみると、ほぼそのまま新年の番組の最後に
取り込まれていたようです。

ウィーンフィルとナチス 知られざる歴史
NHK NEWS9 - 2017年5月4日(木)
http://www9.nhk.or.jp/nw9/digest/2017/05/0504.html


2018年のニューイヤー・コンサート関連番組で紹介された
ウィーンフィルがナチスに協力してきた『負の歴史』を
NHKは、去年たびたび取り上げていたようです!
(全て見逃していました)

ウィーンフィルとナチス ~広がる「負の歴史」の再検証~
 NHK特集 - 2017年7月11日(火)  
https://www.nhk.or.jp/kokusaihoudou/archive/2017/07/0711.html



     ******************

ウィーンフィルとナチス 知られざる歴史
NHK NEWS9 - 2017年5月4日(木)

有馬キャスター

「クラシック音楽の知られざる歴史へご招待しましょう。
今年(2017年)創立175年を迎えた、ウィーンフィルハーモニー管弦楽団。
その歴史の中で今、1つの転換点を迎えています。」

ウィーンフィル 知られざる歴史とは

20世紀を代表する指揮者、ヘルベルト・フォン・カラヤン。

そして、小澤征爾。
世界最高峰の指揮者がタクトを振るウィーンフィルハーモニー管弦楽団。
世界のセレブが集います。

中でも有名なのが、新年恒例のニューイヤーコンサート。
必ず演奏される「美しく青きドナウ」は、オーストリア第2の国歌とも呼ばれています。
このニューイヤーコンサート、始まったきっかけは…。

アドルフ・ヒトラーだったこと、みなさん、ご存じだったでしょうか?
かつて、ナチスが進めた民族主義の高揚に利用されていたんです。

【アドルフ・ヒトラー
「我々は、ドイツ民族の誇りを抱いて進むだろう。」】

 (画像省略:公式サイトで確認できます)

桑子アナウンサー
「私、知りませんでした。」

有馬
「ナチスに協力しただけではなくて、ナチスのユダヤ人楽団員の迫害に協力した過去もあるんです。
ウィーンフィルが、その『負の歴史』に今、初めて正面から向き合い始めました。」

ナチスとの“負の歴史”
 リポート:小原健右(ウィーン支局)


ウィーン市内にある博物館、「音楽の家」
 (画像省略:公式サイトで確認できます)

ウィーンフィルハーモニー管弦楽団の創設者の家を活用し、その栄光の歴史を伝えています。

この春から楽団と、ナチス・ドイツとの過去について伝える新たな展示スペースが誕生しました。

展示されているのは、限られた研究者しか見ることが許されなかった資料の数々です。

【マックス・スタークマン、第1バイオリンとビオラ奏者。
1942年に強制収容所へ送られ、1942年10月19日に殺害された。】

 (画像省略:公式サイトで確認できます)

「楽団がナチスの強制収容所と関わりがあったなんて、まったく知らなかった。」


ナチスに協力した楽団の「負の歴史」。
これまで公にされることはありせんでした。


NHK-NewsWatch9_20170504_08.jpg


展示を始めたきっかけは、175年に及ぶ楽団の歴史を記した本の編纂でした。
ナチス時代、楽団はユダヤ人の楽団員を守ることをせず、結果的に命を落としたケースもありました。

【オーボエ奏者、アルミン・ティローラー。
1944年、アウシュビッツ強制収容所で殺害。】

 (画像省略:公式サイトで確認できます)

【第2バイオリン奏者、ヴィクトル・ロビセック。
1941年ゲットーに送られ、その翌年、殺害。】

 (画像省略:公式サイトで確認できます)

ホロコーストの犠牲になった一人一人の人生が記録されています。
本の著者、クリスティアン・メルリン氏は、今の時代こそ、民族主義が台頭した過去と向きあうことが重要だと指摘します。

【本の著者 クリスティアン・メルリン氏
「いま私たちは、とても複雑な世界に生きている。
ナショナリズムを声高に叫ぶ人もいる。
かつてそうした思想が力を握った時、私たちは悲劇を経験した。
自国の歴史の暗部にも目を向けることが義務だと思う。」】

 (画像省略:公式サイトで確認できます)

今年3月、出版記念パーティーが楽団の活動拠点、ウィーン国立歌劇場で開かれました。
本の編纂を機に、楽団の中にも「負の歴史」と向き合うべきだという機運が高まりました。

【ウィーンフィルハーモニー管弦楽団 グロスバウアー楽団長
「高齢者世代にとって、歴史に向き合うことは簡単なことではない。
歴史は複雑で、白黒はっきりするものではないからだ。
未来を創造するためには、過去を理解しないといけない。
だから公開することが大事なのだ。」】

 (画像省略:公式サイトで確認できます)

命を奪われずとも、当時、楽団から追放された楽団員もいました。

ヘレン・ルペルツベルガークノップさんの叔父もその1人でした

しかし、ナチスがオーストリアを併合した1938年、46歳の時、楽団を追放されました。
妻がユダヤ人だったからです。
当時、ユダヤ人を家族に持つ楽団員は離婚するか、退団するか、楽団から迫られたといいます。

ヘレン・クノップさん
「おじは離婚することもできた。
実際、多くの楽団員がユダヤ人の配偶者を切り捨てた。
けれど、おじは、そんなことは考えもしなかった。」

レオポルドさんは、妻を守るため、夫婦そろってアメリカに渡りました。


音楽への情熱は衰えず、バイオリンを教えるかたわら、当時、アメリカ有数の楽団で指揮者を務めるまで研鑽を積みました。
そして、いつかウィーンフィルに戻る日を夢見ていたのです。
戦後、レオポルドさんは、何度も楽団への復帰を願い出ました。
ところが、祖国を離れたブランクは取り返せなくなっていました。

1948年、楽団から届いた手紙です。

“あなたが楽団員だったころとは状況も変わってきました。
誠に残念ですが、あなたのためのポジションはありません。”

ヘレン・クノップさん
「おじはずっと戻りたがっていた。
オーストリア人であり、楽団員という職を愛していたから。
けれど、かなわなかった。」

レオポルドさんは、1959年、ウィーンフィルに復帰できないまま、67歳でこの世を去りました。

今、新しい展示会場には、レオポルドさんの楽団での足跡が刻まれています。

【ヘレン・クノップさん
「レオポルドおじさんは私の家族の一員で、1938年にウィーンフィルを去らねばならなかった。
教訓とすべきは、過去起きたことを直視し、繰り返さないよう全力を尽くすこと。
いま、ウィーンフィルは大きく開かれ、歴史に向き合い始めた。」】


“歴史と向き合う” 音楽家のメッセージ

桑子
「まさに、負の歴史として闇に追いやられていた一人一人の足跡が表に出た。
これって、とても大きなことですよね。」

有馬
「ああして劇場の壁に展示されているんですね。
オーストリアでは今、ナチスドイツに協力した過去を正面から見つめ直そうという機運が高まっているんだそうです。」

桑子
「今、高まっている?」

有馬
「難民・移民の問題が背景にあるというんです。
ヨーロッパで難民・移民が今、急増しています。
これにつれて、イスラム教徒に対する排外的な考え方も広がってきているわけです。」

桑子
「その排外的なことへの危機感から、ということなんですか?」

有馬
「そういうことなんです。
かつて民族主義が台頭して、ユダヤ人を排除したあの時代を見つめ直す。
そして、教訓を見つめようとオーストリアの人たちはしているという話でした。
もう一度、楽団長の言葉を紹介させてください。
『歴史は白黒をはっきりさせるものではないけれども、理解しなければいけない』。
とっても印象的でした。」 



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