観劇レビュー&旅行記
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引続き蜷川幸雄さん追悼の投稿です
2016年5月16日(月)

 今日も日刊スポーツの大きな記事から。



   長女で写真家の蜷川実花さん撮影の蜷川幸雄氏の写真と
   祭壇(撮影・浅見桂子)





蜷川さん通夜に1500人…もっと叱ってほしかった
 日刊スポーツ  - 2016年5月16日7時32分
 

 12日に亡くなった演出家蜷川幸雄さん(享年80)の通夜が15日、東京・青山葬儀所でしめやかに営まれた。「世界のニナガワ」と呼ばれた名演出家だけに、芸能界、劇場関係者、政財界からファンを含め、約1500人が参列した。長女で写真家の蜷川実花さん(43)が通夜の前に取材に応じ、父への思いを語った。葬儀・告別式は16日正午から、同所で営まれる。

 年齢やジャンルを問わず、蜷川さんが生前、幅広く交流してきたことをうかがわせる参列者の顔ぶれだった。俳優、女優、演劇、劇団関係者だけでなく、建築家、ジャーナリスト、政財界人が別れを惜しんだ。蜷川さんが芸術監督を務めたさいたま芸術劇場を拠点にする55歳以上限定の「さいたまゴールド・シアター」、若手俳優の育成を目指した「さいたまネクスト・シアター」のメンバーも参列した。まさに老若男女が蜷川さんを悼んだ。

 赤いバラや菊、カーネーションで彩られた祭壇の中、遺影の蜷川さんは右手をほおに当て、今にも話し掛けてきそうな表情を見せていた。昨年9月に上演した「NINAGAWA マクベス」舞台稽古の時、同作のセットである月をバックに、長女の実花さんが撮影した。遺影になるかもしれないという思いだったという。蜷川さんはあまり体調が良くない時期だったため酸素吸入のチューブを付けていたが、撮影の時は外してくれた。実花さんは「生涯現役に本人も家族もこだわっていたので、かっこよく戦っている父のイメージで選びました」と話した。

 蜷川さんは、創造への意欲を失わず、復帰を強く願っていた。小劇場から商業演劇に活動の場を移した初めての舞台「ロミオとジュリエット」(74年)に出演して以来、蜷川さんと何度もともに仕事をしてきた西岡徳馬(69)は「何でそんなに仕事するの? と聞いたことがある。『やり続けなきゃただのじいさんだからだ』と言っていた」と振り返った。

 西岡はまた、かつて蜷川さんと、10年に亡くなった劇作家、演出家つかこうへいさんを、帝国ホテルのラウンジで引き合わせたエピソードを明かした。スターを作ろうとするつかさんが、蜷川さんに互いに同じ俳優を舞台で起用してほしいと依頼したのだという。計画が実現することはなかったが、西岡は「2人は互いにリスペクトしていた。おもしろかったな」。

 ひつぎには、これから演出する予定だった舞台の台本が数冊入れられた。つかさんとのタッグも、天国で実現するかもしれない。戒名は俗名。 



【関連記事】

蜷川実花さん「愛され幸せな人生」父幸雄さん偲ぶ
 日刊スポーツ  - 2016年5月15日18時23分


蜷川幸雄さん、長女の実花が撮影した遺影でしのぶ
 日刊スポーツ  - 2016年5月15日19時45分


鈴木杏「叱られた」勝地涼「実感ない」蜷川さん悼む
 日刊スポーツ  - 2016年5月15日20時45分


実花さん「後はまかせて」に蜷川さん病床でうなず
 日刊スポーツ  - 2016年5月16日7時31分


本田博太郎「心の底から感謝」蜷川さん平の代役抜擢
 日刊スポーツ  - 2016年5月16日8時35分


蜷川実花さん、父の通夜の参列者に「幸せな気持ち」
 日刊スポーツ  - 2016年5月16日13時18分


藤原竜也が大泣き弔辞 蜷川幸雄さん葬儀告別式
 日刊スポーツ  - 2016年5月16日13時42分


平幹二朗、大竹しのぶ、小栗旬ら5人蜷川さんに弔辞
 日刊スポーツ  - 2016年5月16日19時12分



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蜷川実花さん「愛され幸せな人生」父幸雄さん偲ぶ
 日刊スポーツ  - 2016年5月15日18時23分
 

 長女で写真家の蜷川実花さん(43)が通夜の前に会見し、「一番尊敬できる人。入院中に何回も危ない時があったけれど、鮮やかによみがえった。多くの人に愛され、幸せな人生だった」と亡き父をたたえた。

 昨年12月に肺炎で入院以来、毎日のように病室を訪れた。亡くなった12日は息を引き取る20分前までいたが、仕事のために病室を離れた直後に訃報を聞いた。「2日前から呼び掛けても反応がなかった。苦しまず穏やかな最期だった。家族も覚悟していた。寂しいけれど、父は最後まで駆け抜けた」。10日前からは家族に「ありがとう」とことばをかけ、1週間前に妻の女優真山知子さん(73)が病室にいなかった時、「真山は?」と言ったのが最後の言葉になった。3日前には、実花さんが「後はまかせて」と言うと、うなずいたという。

 若いころは真山さんが女優として稼ぎ、蜷川さんが実花さんら2人の子育てをした。「長男のように育てられ、『自立した人間であれ』とよく言われた。1番の褒め言葉は『お前、最近流行しているみたいだな』でした。優しい父だけれど、私の息子(8歳)に見せる顔はデレデレとして、私には見せない顔だった」。 蜷川さんは8歳と生後8カ月の2人の孫の成長を楽しみにし、「いい兄ちゃんになったところが見られないのが、一番残念」と言っていたという。

 ひつぎには、これから演出する予定だった舞台の台本を数冊入れたという。遺影は、昨年9月、「NINAGAWAマククベス」の舞台稽古中に実花さんが撮影した。「生涯現役にこだわった人だから、闘うイメージです。遺影になるのかなと思って撮りました」。涙を見せることなく、気丈に話した。 



蜷川幸雄さん、長女の実花が撮影した遺影でしのぶ
 日刊スポーツ  - 2016年5月15日19時45分
 

 世界的な演出家で12日に80歳で死去した蜷川幸雄さんの通夜が15日、東京都港区の青山葬儀所で営まれ、親交のあった俳優や演劇関係者、ファンらがその死を悼んだ。

 祭壇には白いキクや赤いバラなどが飾られ、長女で写真家の実花さん(43)が撮影した穏やかな表情の蜷川さんの遺影が掲げられた。昨年9月「NINAGAWAマクベス」の舞台稽古中に撮った写真だという。

 実花さんは「本人も家族も生涯現役にこだわっていたので、この写真はかっこよく戦っている父のイメージ。これが遺影になるかなと思いながら撮った」と明かした。

 葬儀・告別式は16日正午から青山葬儀所で行われる。(共同) 



鈴木杏「叱られた」勝地涼「実感ない」蜷川さん悼む
 日刊スポーツ  - 2016年5月15日20時45分
 

 舞台「ロミオとジュリエット」や「海辺のカフカ」に出演した鈴木杏(29)と舞台「ムサシ」に出演した勝地涼(29)がそろって取材に応じた。

 鈴木は「ことあるごとにたくさん叱られました。最後のゲキは『杏ちゃんの動きが悪い』でした。蜷川さんが求めるものに追いつこうと必死でした。これからも怒ってほしいと思ってました」と言いながら何度もハンカチで涙をぬぐった。

 勝地は「正直実感がなくて、蜷川さんが亡くなったと聞いた時は涙が出なかったのに…。蜷川さんが笑って『こんな演出では死ねねーよ』と言っている気がしました」と話しながら涙を流した。蜷川さんと出会ったのは10代の時。「いろいろな本を読んだりして知識を増やそうとしましたが、『勝地はバカだから、そのままでいい。それが勝地の魅力だから、そのままやればいい』とおっしゃってくださったことが、一番印象に残っています」としのんだ。 



実花さん「後はまかせて」に蜷川さん病床でうなず
 日刊スポーツ  - 2016年5月16日7時31分
 

 12日に亡くなった演出家蜷川幸雄さん(享年80)の通夜が15日、東京・青山葬儀所でしめやかに営まれた。「世界のニナガワ」と呼ばれた名演出家だけに、芸能界、劇場関係者、政財界からファンを含め、約1500人が参列した。長女で写真家の蜷川実花さん(43)が通夜の前に取材に応じ、父への思いを語った。葬儀・告別式は16日正午から、同所で営まれる。

 蜷川実花さんは「一番尊敬できる人。入院中に何回も危ない時があったけれど、鮮やかによみがえった。多くの人に愛され、幸せな人生だった」と亡き父をたたえた。

 昨年12月に肺炎で入院以来、毎日のように病室を訪れたという。亡くなった12日は息を引き取る20分前までいたが、仕事で病院を離れた直後に訃報を聞いた。「2日前から呼び掛けても反応がなかった。家族も覚悟していたし、穏やかな最期でした」。亡くなる10日前から「ありがとう」と感謝の言葉を口にし、3日前に、実花さんが「後はまかせてね」と言うと、うなずいたという。

 若いころは妻真山知子さん(75)が女優として稼ぎ、蜷川さんが実花さんら2人の子育てをした。「長男のように育てられ、一番の教えは『自立した人間であれ』ということ。一番褒めてくれたのは『お前、最近流行しているらしいじゃん』という言葉でした。優しい父だったけれど、私の息子と仲が良く、私が見たことのないデレデレの甘い顔をしていた」。蜷川さんは8歳と生後8カ月の2人の孫の成長を楽しみにしていたが、晩年には「いい兄ちゃんになったところが見られないのが、一番残念」と言っていた。

 亡くなる1週間前、真山さんが病室にいなかった時、「真山は?」と言ったのが最後の言葉になった。「母とは仲良しで、いいコンビだった。寂しいけれど、ともに最後まで駆け抜けたという感じでした。『家のことは全部やるんで大丈夫です』と言いたいです」と気丈に話した。 




本田博太郎「心の底から感謝」蜷川さん平の代役抜擢
 日刊スポーツ  - 2016年5月16日8時35分
 

 12日に亡くなった演出家蜷川幸雄さん(享年80)の通夜が15日、東京・青山葬儀所でしめやかに営まれた。「世界のニナガワ」と呼ばれた名演出家だけに、芸能界、劇場関係者、政財界からファンを含め、約1500人が参列した。葬儀・告別式は16日正午から、同所で営まれる。

 蜷川さんの作品に出演した俳優らは悲しみに暮れながらも、蜷川さんにしかられたことを振り返った。

 舞台「ロミオとジュリエット」や「海辺のカフカ」に出演した鈴木杏(29)は「ことあるごとにたくさんしかられました。最後のゲキは『杏ちゃんの動きが悪い』でした。蜷川さんが求めるものに追いつこうと必死でした。これからも怒ってほしいと思ってました」と言いながら何度もハンカチで涙をぬぐった。舞台「ムサシ」に出演した勝地涼(29)は「蜷川さんの仕事じゃない時も、蜷川さんだったらどう怒られるんだろうと向き合ってきたので、亡くなっても向き合っていくと思う」と涙を流した。

 舞台「下谷万年物語」に出演したAAA西島隆弘(29)は「『音楽をやめて俳優の世界に来い』と言われたことが印象的でした。言葉はもう届かないと思うけど、もっとしかってほしかった」。舞台「近松心中物語」に出演した本田博太郎(65)は「平幹二朗さんの代役に抜てきしてくださった命の恩人です。新人だったから、しかられる一番の的でした。愛情と叱咤(しった)激励に心の底から感謝です」。「ヴェローナの二紳士」に出演した溝端淳平(26)は「もっとしかってほしかったです。成長した姿をお見せしたかった」と唇をかみしめた。 



蜷川実花さん、父の通夜の参列者に「幸せな気持ち」
 日刊スポーツ  - 2016年5月16日13時18分
 

 写真家で映画監督の蜷川実花さんが、12日に亡くなった父で演出家の蜷川幸雄さん(享年80)の通夜に出席してくれた多くの人に感謝の言葉をつづった。

 幸雄さんの通夜は15日に東京・青山葬儀所でしめやかに営まれた。芸能界、劇場関係者、政財界からファンを含め、約1500人が参列し、幸雄さんとの別れを惜しんだ。

 実花さんは16日に更新したブログで自身が撮影した幸雄さんの遺影が掲げられた祭壇の写真を掲載し、「昨日は父のお通夜に、本当に沢山の方が来てくださいました。とてつもない愛情に包まれた人生だったのだなと、幸せな気持ちになることができました。みなさまありがとうございます」と参列者に感謝した。



藤原竜也が大泣き弔辞 蜷川幸雄さん葬儀告別式
 日刊スポーツ  - 2016年5月16日13時42分
 

 12日に亡くなった演出家蜷川幸雄さん(享年80)の葬儀、告別式が16日、東京・青山葬儀所で営なまれた。平幹二朗(82)大竹しのぶ(58)吉田鋼太郎(57)小栗旬(33)藤原竜也(34)が弔辞を読み、蜷川さんとの別れを惜しんだ。

 蜷川さんに見いだされ、97年の「身毒丸」でデビューした藤原は「1997年、あなたは僕を生みました。19年間、苦しくも…、ほぼ憎しみでしかないですけど、本当に最高の演劇人生をありがとうございました」と大泣きした。

   ――弔辞抜粋――

 平 あなたと四つに組んだ17本の芝居は僕の宝です。充実した演劇人生を送ることができました。でもあなたは、1度も演技を褒めてくれませんでしたね。なんとか褒め言葉を引き出したくて、熱演に熱演を重ねました。肺を痛めてしまうまで。今、シャーロック・ホームズに死なれたワトソンのように、途方に暮れています。ドラマのように生き返ってほしい。さよならは言いません。

 大竹 「マクベス」で海外公演を初めてさせてもらった時、「ねえ、俺がさあ、海外に出る理由分かる? いつも勝負していたいんだ。自分を追い込まないとだめになっちゃうだろ」と。あなたの魂の叫びは、世界中の観客の中に、私たちの中に残っています。「どうだ?」といつふらっと稽古場に現れてもいいように、私たちは演劇を続けていかなければならないのです。

 吉田 そちらにいってしまわれる前に、「尺には尺を」の稽古を見学させていただき、(藤原)竜也とお見舞いに行きました。その時の竜也の顔が忘れられません。まるで、母犬とはぐれた子犬のような表情でした。蜷川さんに「『テンペスト』やろうって言ったじゃないですか」と言うと、少しだけ目を開けてくださいました。ずっと戦い続けて、まだベッドの上で戦い続けていました。もう少ししたら会いに行きます。シェークスピアくんもまぜてやって、一緒に芝居作りましょう。

 小栗 どうします、予定していた僕との公演? 嫌われて、僕も勝手に嫌って、仲直りしてもらって、やっと一緒にできると思っていたのに、悔しいです。先日、蜷川さんの思い出話に花を咲かせました。僕たちは蜷川さんを中心とした大きな劇団の一員だよね、という話になりました。会いに行くのは先ですが、新しい「ハムレット」の演出を考えておいてください。時々でいいので、夢の中にしかりに来てください。

 藤原 蜷川さん悔しいでしょう? 僕も同じです。もっと一緒にいたかったし、一緒に仕事がしたかった。直接の声は、心の中でしか聞けませんが、思いを、ここにいるみんなで受け継いで、頑張っていきたいと思います。気を抜いたら、バカな仕事をしてたら、怒ってください。



平幹二朗、大竹しのぶ、小栗旬ら5人蜷川さんに弔辞
 日刊スポーツ  - 2016年5月16日19時12分
 

 12日に亡くなった演出家蜷川幸雄さん(享年80)の葬儀、告別式が16日、東京・青山葬儀所で営まれた。平幹二朗(82)大竹しのぶ(58)吉田鋼太郎(57)小栗旬(33)藤原竜也(34)が弔辞を読み、蜷川さんとの別れを惜しんだ。

 最初に弔辞を読んだのは76年以来、17作品でタッグを組んだ平幹二朗(82)。「僕の宝で、充実した演劇人生を生きることができた。でも、1度も演技を褒めてくれませんでしたね。褒め言葉を引き出したくて、肺を痛めるまで熱演に熱演を続けました」。

 続いた大竹しのぶ(58)は亡くなる3日前の9日に見舞った。「『稽古場でお待ちしてます』と話し掛けると、目を開いてくださり、数秒間見つめ合いました。稽古場、劇場にいなくては、蜷川幸雄は蜷川幸雄ではないのです」。

 3番手の吉田鋼太郎(57)も見舞った時の様子を振り返り、「ずっと戦い続け、またベッドの上でも戦おうとしていました。ひつぎの顔を見てません。ベッドで戦う顔を目に焼き付けたいからです。もう少ししたら会いに行きます。シェークスピア君も交ぜて一緒に芝居を作りましょう」。 

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テーマ:演劇 - ジャンル:学問・文化・芸術

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