観劇レビュー&旅行記
【観劇レビュー&旅行記】を中心にFC2上で、私も思いを気の向くままに書いてゆきます。 政治・時事評論は 【JUNSKY blog 2016】 に引続き運用します。リンクの一番上に記載しています。


プロフィール

junsky07

Author:junsky07 私の旅行記や、オペラ・バレエ・ミュージカル・演劇等の観劇の感想などを気の向くままに書いてゆきます。



カレンダー

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -



現在日本時間



ブログ・ランキング

ブログランキング・にほんブログ村へ



FC2ブログランキング



最近の記事



FC2カウンター



ブログ内検索



アクセス・ランキング

にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ



アクセス・ランキング

にほんブログ村 演劇ブログ 演劇(観劇)へ



アクセス・ランキング

にほんブログ村 旅行ブログ ヨーロッパ旅行へ



カテゴリー



アクセス・ランキング

音楽ブログ

ランキング



最近のコメント



FC2ブログランキング

御訪問頂きありがとうございます

FC2ブログランキング

よろしければクリック御願いします



最近のトラックバック



リンク



天気予報


-天気予報コム- -FC2-



降水予報



FC2ブックマークに追加する

FC2ブックマークに追加



QRコード

QRコード



RSSフィード



月別アーカイブ



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



全ての記事を表示する

全ての記事を表示する



美しき青きドナウ川に抱かれた町ブダペストを歩く (日経BP記事)
2015年12月9日(水)

 私が、【中欧三都市ふらり旅】 に出掛けたのは、
早いもので、もう10年も前のことでした。 (今回過去ブログを確認して再認識!)

 もう一度、ぜひ行きたいとは思っているのですが、観光客も巻き込む
無差別テロが欧州に吹き荒れていたりして、足がすくんでいます。

 今日、日経BPによるWeb配信記事で、懐かしい画像が出ていましたので
リンクを張って紹介したいと思います。
 記事は、長いので冒頭のみコピペします。 リンク先をお読みください。

美しき青きドナウ川に抱かれた町ブダペストを歩く
「ドナウの真珠」と呼ばれた中欧きっての美しい都

 日経BP 【JAGZY】 2015年12月 3日 小野 正惠

Bdapest-01_NikkeiBP_20151203.jpg

 中欧の都市の中でも、その美しさにとりわけ定評があるブダペスト。欧州を代表する大河のひとつ、ドナウ川の河畔に広がるこの町は、「ドナウの真珠」「東欧のパリ」と呼ばれてきた。「ドナウ河岸、ブダ城地区及びアンドラーシ通りを含むブダペスト」として世界遺産に登録された美しい町には、ハンガリーが歩んできた激動の歴史が刻まれている。
苦難の時代を経て都市は発展した
中欧で最大の国家だったハンガリー王国の首都として、15世紀に栄華をきわめたブダペスト。町は、ヨハン・シュトラウス2世の名曲「美しき青きドナウ」で有名なドナウ川をはさみ、東西に分かれる。ブダ城がそびえる西岸のブダ地区は、王国時代の中心地。一方、国会議事堂の建つ東岸のペスト地区は、現在のブダペストの中枢部である。 



【関連記事】

【中欧三都市ふらり旅】 連載開始
 観劇レビュー&旅行記 - 2007/06/02 00:10 (以下、55回連載)


    ******************

【今日の運動】 
 今日の、スポーツクラブ 【ESTA】 での運動は
 水中歩行 : 500m
 水  泳 : 150m
 アクアビクス : 30分 (リズム・ウォーク)
 水泳レッスン : クロール (30分)

 ESTA 温泉にて入浴
 
 歩数計 : 僅かに 1900 歩



音楽ブログランキング


*******************************************
にほんブログ村 演劇ブログ 演劇(観劇)へ  (左のアイコンをクリックして
              もらえたら嬉しいです)
*******************************************


 

   

美しき青きドナウ川に抱かれた町ブダペストを歩く
「ドナウの真珠」と呼ばれた中欧きっての美しい都

 日経BP 【JAGZY】 2015年12月 3日 小野 正惠
 

 中欧の都市の中でも、その美しさにとりわけ定評があるブダペスト。欧州を代表する大河のひとつ、ドナウ川の河畔に広がるこの町は、「ドナウの真珠」「東欧のパリ」と呼ばれてきた。「ドナウ河岸、ブダ城地区及びアンドラーシ通りを含むブダペスト」として世界遺産に登録された美しい町には、ハンガリーが歩んできた激動の歴史が刻まれている。

苦難の時代を経て都市は発展した

 中欧で最大の国家だったハンガリー王国の首都として、15世紀に栄華をきわめたブダペスト。町は、ヨハン・シュトラウス2世の名曲「美しき青きドナウ」で有名なドナウ川をはさみ、東西に分かれる。ブダ城がそびえる西岸のブダ地区は、王国時代の中心地。一方、国会議事堂の建つ東岸のペスト地区は、現在のブダペストの中枢部である。 

 ハンガリー人はマジャール人とも呼ばれ、かつてはウラル山脈中南部の遊牧民だった。9世紀、アールパードという名の首長のもとに7部族が集結し、ドナウ川流域に移動。多くの闘争を繰り返しながら、現在のハンガリーの地に落ち着いたのは896年である。
11世紀、部族統一をなしとげたイシュトバーン1世が、ローマ教皇から王冠を授かり、ハンガリー王国が建国された。その後、モンゴル人の侵攻により国土が壊滅的なダメージを受けたのを機に、北西部のエステルゴからブダに遷都。1242年、ドナウ川を見下ろす高台に住居を兼ねた砦が築かれ、これが現在のブダ城の始まりとなった。

 14世紀、砦はゴシック様式の王宮に生まれ変わった。そして15世紀後半、マーチャーシュ1世の時代に大改築が行われ、華麗なルネサンス様式へとさらに変貌を遂げた。それは、王国の繁栄を象徴する絢爛豪華な姿だった。
ところが、繁栄も長くは続かず、ハンガリーはその後オスマン帝国、ハプスブルク家のオーストリア帝国の支配を受けることになる。こうした時代の波に翻弄される歴史を経た1867年、ハプスブルク家の弱体化に伴ってオーストリア=ハンガリー二重帝国が成立。これによってハンガリーは名実ともに独立を果たすことになり、民族意識の高まりから、新しい町造りが始まった。そしてブダ地区に代わり、新たにペスト地区に国会議事堂など多くの建物が建設されるようになったのである。

 高台に広がるブダ城は王国繁栄の証し

 ハンガリー建国当初から国の中枢だったブダ地区は、「王宮の丘」とも呼ばれる高台に位置する。中心となる王宮はハンガリーの栄枯盛衰と歩みを同じくし、破壊と修復が繰り返されてきた。16世紀にハンガリーがオスマン帝国の支配下に入ると、王宮は国王の館から火薬の保管庫に"格下げ"になったうえ、1578年に爆発炎上。当時の建造物はほとんど失われた。
瓦礫と化した王宮を蘇らせたのは、オスマン帝国撤退後にハンガリーを支配したハプスブルク家の女帝、マリア・テレジアである。彼女の命で1770年にバロック様式で再建された王宮は、実に203の部屋を擁する巨大なものだった。

 ところがマリア・テレジアの手による王宮も、1848年に起こった革命で焼失。その後も第2次世界大戦やハンガリー動乱など、歴史の節目となる出来事のたびに、王宮は再建されては破壊されるという運命をたどった。現在のネオ・バロック様式の姿は、1980年代に復元されたものであり、今は国立美術館や国立図書館として使用されている。
王宮とともに、ブダ城内で威容を見せているのがマーチャーシュ聖堂だ。「聖母マリア聖堂」を正式名称とするこの聖堂は1225年に着工された後、1479年にマーチャーシュ1世によって大改築が施された。正門脇にそびえる尖塔は高さ80m。光沢のある色とりどりの瓦で覆われた屋根は、鮮やかな幾何学模様を描いている。

 マーチャーシュ聖堂は、ハンガリー王国歴代王の戴冠式や結婚式の舞台でもあった。1867年、オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世とエリザベートが、ハンガリー国王・王妃として戴冠したのもこの聖堂。城内ですっくとそびえるこの聖堂こそ、オーストリア=ハンガリー二重帝国誕生の場だ。

 聖堂の向かい側には、7つの小さな尖塔を持つ見晴らし台、「漁夫の砦」が設けられている。中世のブダペストでは漁業が盛んで、漁師たちはかつてこの場所に組合を作り、非常時には団結して城を守ったのである。尖塔の数が7つなのは、ハンガリーを建国した7部族にちなんでいる。「砦」と名はつくものの、防衛機能を持たない漁夫の砦からは、ドナウ川対岸のペスト地区が見渡せる。

 二重帝国の誕生、そして独立!

 王宮とともに発展した城下町であるブダ地区に対し、ドナウ川対岸のペスト地区は、商業や金融業で栄える経済の中心地だった。オーストリア=ハンガリー二重帝国成立後の1873年、この両地区は合併し、ブダペストが誕生した。
ブダとペストの両地区を結ぶくさり橋は、1849年に建設されたブダペスト最古の橋だ。もともと両地区を結んでいた浮橋が壊れたのを機に造られ、夜間に灯る照明の列がくさりのように見えることから、くさり橋と呼ばれている。現在、ブダペストではドナウ川に架かる橋は9本だが、その中でくさり橋は最も古いだけでなく、最も美しいといわれる。

 王宮のある丘を下って橋を渡り、対岸のペスト地区に足を踏み入れる。川沿いに北に向かえば国会議事堂で、南に向かえば舞踏会場のヴィガドーがある。
二重帝国の誕生は、それまでハプスブルク家の支配下にあったハンガリーにとっては、自治権が認められた記念すべき出来事。国会議事堂は、そうした国民の感動を原動力に建設された。1884年に始まった議事堂の建設には、当時の首相も「経費の倹約はいっさい無用」と公言したほど。

 22金の純金が40kgも使用されたネオ・ゴシック様式の議事堂は、全長268m、奥行き118m、総部屋数691室という大規模なもの。宮殿かと見紛うほどの絢爛なロビーをはじめ、階段や廊下に敷き詰められた赤絨毯は総延長20kmにも及ぶ。ここでは堂内に展示された王冠などの宝物などを見ることができる。

 国会議事堂が政治の場なら、1832年に建設されたヴィガドーは社交の場だ。27の天井画で飾られたホールでは、リスト、ワーグナー、ブラームス、ドボルザーク、マーラー、ドビュッシーなど錚々たる面々が音楽を奏でた。もちろん「美しき青きドナウ」のシュトラウス2世もここで演奏したメンバーの一人である。

 "ブダのシャンゼリゼ通り"が教えるハンガリーの発展

 二重帝国成立に伴って誕生したブダベストは、産業革命という追い風もあって、都市として急成長を遂げた。その推進役として大きな役割を担ったのが、ハンガリー初代首相のアンドラーシ・ジュラである。
パリやロンドンでの亡命生活を送った経験のあるアンドラーシは、テムズ川の治水工事にならってドナウ川の工事を行い、パリをまねて放射状の町並みを整備した。特にくさり橋のたもとから北東の英雄広場に向けて伸びる全長2312mの道は、シャンゼリゼ通りのようなプラタナスの並木道。

 首相の名にちなんでアンドラーシ通りと名付けられた通りは、"ブダのシャンゼリゼ通り"とも呼ばれ、道沿いには国立歌劇場をはじめ、リスト記念博物館、貴族の館などが建ち並ぶ。なかでも1884年に完成したネオ・ルネサンス様式の国立歌劇場の内部は、これまた宮殿のような絢爛さ。日によっては日本語ガイドによる内部ツアーもあり、皇妃エリザベートが好んだというボックス席から客席を見渡すこともできる。

 首相の名にちなんでアンドラーシ通りと名付けられた通りは、"ブダのシャンゼリゼ通り"とも呼ばれ、道沿いには国立歌劇場をはじめ、リスト記念博物館、貴族の館などが建ち並ぶ。なかでも1884年に完成したネオ・ルネサンス様式の国立歌劇場の内部は、これまた宮殿のような絢爛さ。日によっては日本語ガイドによる内部ツアーもあり、皇妃エリザベートが好んだというボックス席から客席を見渡すこともできる。 

 中欧の町で、ブダほど幾度も破壊を繰り返したところはないといわれる。ドナウ川の流れを眺めながらの町並み散策は、この国の歩んだ歴史をたどる旅でもある。

関連記事
テーマ:ヨーロッパ旅行記 - ジャンル:旅行

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック