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佐村河内氏 の ゴーストライター 新垣隆氏が謝罪会見 「私は共犯です」
2014年2月6日(木)

 昨日の 『佐村河内守 代作 事件』 の続きです。

 昨日の深夜に各放送局から ゴーストライター の名前が流されはじめ、
私立音楽大学の最高峰・桐朋学園大非常勤講師の 新垣隆氏 であったことが判りました。

 そして、今日 新垣隆氏 が記者会見を開き、「私は共犯です」と謝罪されました。
  
 長いWeb記事による報道(例えば産経新聞)もありますが、手短にまとめているORICONニュース
を引用しますと、記者会見で表明されたことの概要は以下の通り。

“影武者”新垣隆氏が謝罪会見 佐村河内氏と「共犯者です」
 (ORICON STYLE)- 2014年2月6日(木)14:40
 

 全聾(ろう)の作曲家・佐村河内守(さむらごうち・まもる)氏が代表作を別人に作曲してもらっていた問題で、実際に作曲していた桐朋学園大非常勤講師の新垣隆氏が6日、都内で記者会見を開いた。新垣氏は、今回の騒動について「私は佐村河内さんの共犯者です」と謝罪した。
 数多く詰めかけたカメラマンによる無数のフラッシュを浴びながら登壇した新垣氏は、頭を下げたのち、落ち着いて着席。うつむきながら口を開いた新垣氏は「私は佐村河内さんと出会って、18年に渡り、彼の代わりに曲を書き続けてきました」「私は佐村河内さんの共犯者です」と詫びた。

 さらに、「障害をお持ちの方、彼の言葉を信じて曲を聴いていた方々、演奏家の方々に本当に申し訳ありません」と語り、「当初は軽い気持ちで引き受けてしまった」と釈明。昨年5月に「これ以上、大好きな音楽で欺きたくない」と思い、「こんなことはやめよう」と佐村河内氏に持ちかけたが「彼は引き受けなかった。作曲しないなら、私は自殺すると言った」というやりとりも明かした。

 新垣氏は昨日、出版社を通じて「私は佐村河内守氏のゴーストライターを18年間にわたってやっておりました」と謝罪。佐村河内氏は、耳が聞こえないことから「現代のベートーベン」と称され、注目を集めていたが、今回の騒動発覚で大きな波乱を巻き起こした。 



 そして、毎日新聞など各報道によると、下記の衝撃的な事実が明らかになった。
◇ 「ピアノは非常に初歩的な技術のみ」
◇ 「譜面書けない」
◇ 「耳が聞こえないと感じたことは一度もない」


佐村河内さん曲:崩れた虚像 「私は共犯」新垣氏
 (毎日新聞)- 2014年2月6日(木)20:54



 佐村河内守氏の境遇に関わる、殆ど全ての『宣伝文句』が嘘であることが白日の元に晒された。

 そして、新垣隆氏には、協力に対する報酬は支払われていたが、CD等の印税は全く配分されなかった
とのことであり、佐村河内守氏が一人で『儲け』を独占していたそうである。

 今まで、新垣隆の協力の元に作られた曲を、『監修・佐村河内守』 とか、
『佐村河内守 工房作』 とかにしておけば問題は無かった。

 例えば、【ゴルゴ13】が、『さいとう・たかお』 プロダクションで制作されているように。

     *********************

 当ブログでは、NHKスペシャル 【魂の旋律 ~音を失った作曲家~】 放送直後に
この話を真に受けて、当ブログ記事 で肯定的に御紹介しました。(2013/3/31)
 不名を恥じ、お詫び致します。




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    記者会見冒頭 の 桐朋学園大非常勤講師・ 新垣隆氏 の コメント

【関連記事リンク】

「ゴーストライター」が語った代作の真相
 (産経デジタル)- 2014年2月6日(木)15:08

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   佐村河内さん代作 新垣氏会見(8完)「彼は実質的なプロデューサーだった」(産経新聞)

佐村河内さん曲:崩れた虚像 「私は共犯」新垣氏
 (毎日新聞)- 2014年2月6日(木)20:54
 

 「フィクションでした」。名乗り出たゴーストライターは小さな声で、きっぱりと言った。佐村河内(さむらごうち)守さん(50)の作品を実際に作曲してきた桐朋学園大学非常勤講師の新垣(にいがき)隆さん(43)が6日、「(譜面は)書けない」「耳が聞こえないと感じたことは一度もない」と佐村河内さんについて指摘した。「創作に打ち込む現代のベートーベン」という虚像が崩れ落ちた。

 ◇「ピアノは初歩レベル」「譜面書けない」

 東京都内で記者会見に臨んだ新垣さんは冒頭、約200人の報道陣を前に「私は佐村河内さんの共犯者。本当に申し訳ない」と用意したコメントを読み上げ、硬い表情で5秒間頭を下げた。

 佐村河内さんの聴力については、「(1996年に)初めて会った時から、普通にやりとりしていた」と説明。新垣さんが自作の曲の一部をテープに録音して渡すと、佐村河内さんがそれにコメントをしていたと明言した。周囲に「耳が聞こえない」と言い出した時は「戸惑った」と振り返った。

 佐村河内さんの演奏や作曲の技術についても「(ピアノ演奏は)非常に初歩的な技術のみ」「(譜面は)書けません。彼は実質的にはプロデューサーだった」と指摘した。

 ソチ五輪男子フィギュアスケートで高橋大輔選手が使用する「ヴァイオリンのためのソナチネ」は、佐村河内さんが義手のバイオリニストの少女にささげたとされる曲だが、これも代作だった。少女の伴奏者として長く交流のあった新垣さんは「彼女にはぜひあの曲を弾いてほしい。これからも音楽を通じてコミュニケーションを取りたい」と話した。

 一方、佐村河内さんの代理人の折本和司弁護士は6日夜、報道陣に「佐村河内さんは現在、精神的に不安定な状態で、とても表に出られない。ファンに謝罪した上、これからどう活動できるのか見極めたい。(本人は)葛藤はあったが、代作の公表に踏み出せなかった」と語った。佐村河内さんは高橋選手に対し「大切な時期に大変申し訳ない」と話しているという。【一條優太、松浦吉剛】  



新垣隆氏 佐村河内守氏は「非常に初歩的なピアノの技術のみ」 
 (デイリースポーツ)- 2014年2月6日(木)15:21


新垣隆氏 ゴーストライターの“報酬”は18年間で約700万円…印税はもらわず
 (デイリースポーツ)- 2014年2月6日(木)15:05


新垣隆氏 “耳の聞こえない”佐村河内氏の聴力に疑問符「聞こえた」
 (デイリースポーツ)- 2014年2月6日(木)14:50



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 質疑応答部分 【Part - 1】



 質疑応答部分 【Part - 2】



 質疑応答部分 【Part - 3】



 質疑応答部分 【Part - 4】



 質疑応答部分 【Part - 5】



 質疑応答部分 【Part - 6】



 記者会見を締め括る 週刊文春で、この件を告発した神山典士氏のコメント



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【産経デジタル ロング記事】 (記者会見の殆ど全部を書き起こし)

「ゴーストライター」が語った代作の真相
 (産経デジタル)- 2014年2月6日(木)15:08


佐村河内さん代作会見(1)「曲を書いてくれないと自殺する」と言われた
 (産経デジタル)- 2014年2月6日(木)
 

 「現代のベートーベン」佐村河内守氏が代表曲を別人に作らせていた問題で、「ゴーストライター」を名乗り出た新垣隆氏が会見。「影武者」の口から語られた「真相」とは。

  広島市出身の被爆2世で両耳が聞こえない作曲家として知られる佐村河内守(さむらごうち・まもる)さん(50)の楽曲を特定の別の人物が作っていた問題で、「佐村河内さんのゴーストライターを18年間やっていた」と名乗り出た桐朋学園大非常勤講師の新垣隆(にいがき・たかし)さん(43)が6日、東京都内で記者会見した。「影武者」を告白した新垣氏の口から語られた「真相」とは-。

 〈会見は午後2時半に始まった。報道陣から激しいカメラのフラッシュがたかれるなか、新垣氏はグレーのスーツ姿で登場した。6日発売の「週刊文春」に記事を発表したノンフィクション作家の神山典士氏らも同席。主催者が冒頭、会見に至るまでの経緯を説明した後、新垣氏が準備してきたコメントを読み上げた〉

 新垣氏「私は、佐村河内守さんと出会ったときから18年にわたり、彼の代わりに曲を書き続けてきました。佐村河内さんが世間を欺いて曲を発表していると知りながら、指示されるまま曲を作り続けた私は、佐村河内さんの共犯者です。障害をお持ちの方々、また、彼の言葉を信じて曲を聴いてくださった多くの方々、見事な演奏をしてくださった演奏家の皆様、本当に申し訳ございませんでした。

 当初は軽い気持ちで曲を書くことを引き受けていました。彼を通じて私の曲が世の中に受け入れられたことが、うれしかったことは否めません。しかし、彼が世間に知られるにつれ、この関係が世の中に明らかになってしまうのではないか、と不安を抱くようになりました。そしてこれ以上、自分の好きな音楽で世間を欺きたくないという気持ちが、私の中で大きくなってきました。

 私は何度か、彼に対して『こんなことはやめよう』といいましたが、彼は聞き入れてくれませんでした。(佐村河内さんに)『あなたが曲を書いてくれないと私は自殺する』ともいわれました。

 そんな中、フィギュアスケートの高橋大輔選手が、私の作曲した「ソナチネ」を(五輪で使うことを)選ばれたことを知りました。このままでは高橋選手までもが彼と私の嘘を強化する材料になってしまう。しかし、同時に事実を知った高橋選手のショックを考えると、公表すべきか迷いました。

 ただ、このまま何もいわず、五輪の後に事実が発覚した場合、高橋選手は非常に戸惑うのではないでしょうか。さらには、『偽りの曲で演技したではないか』と世界中から日本に非難が殺到するかもしれない。いろいろ考えた結果、高橋選手には事実を知ったうえで五輪を堂々と戦っていただきたいと思い、このような会見を開かせていただくことにしました。

 高橋選手、そして音楽作品を聞いてくださったみなさまには、本当に申し訳ないことをしたと思っております。深くおわび申し上げます」

 〈会見はその後、質疑応答に移った〉

 「現代のベートーベン」佐村河内守氏が代表曲を別人に作らせていた問題で、「ゴーストライター」を名乗り出た新垣隆氏が会見。「影武者」の口から語られた「真相」とは。



佐村河内さん代作会見(2)「耳が聞こえないと感じたことは一度もない」
 (産経デジタル)- 2014年2月6日(木)
 

  〈新垣氏によるコメント読み上げのあと、報道陣との一問一答が始まった〉

 ――佐村河内さんとの出会いのきっかけは

 新垣氏「彼(佐村河内氏)とは知人を介して紹介されてお会いしました。彼が映画の音楽を担当することになり、彼が必要とした『オーケストラのための音楽をできる人を探してほしい』という相談を受け、私のところに連絡が来ました。最初の出会いはそのようなものです」

 ――この18年間で、やめようと思ったタイミングはあったか

 新垣氏「やめようと思いましたのは、できるならば早い段階ででした。当初は彼の映画やゲーム音楽のお手伝いという形で、私はアシスタントとして関わっていました。そのような認識を持っていました。その中においては、ゲームであり映画をつくるスタッフの一人であるということで、特に問題は感じていませんでした。

 ただ、彼がある時期から、世間に対し『自分は耳が聞こえないのだ』という態度を取ったとき、そしてそれを彼の名で私が書いた曲の発表をした時点で、それは問題のあることだと思いました。しかし、そこではまだやめようということではなく、彼に従い曲を書き続けました。

 去年5月に、ピアノの曲を提出したとき、もうこれ以上はできないと思いました。そこから、彼に何度かこの関係を続けることはやりたくないと伝えました」

 ――耳が聞こえないということだが、これまで接していて、「そうではない」というエピソードがあれば

 新垣氏「耳に関しては、私の認識では、初めて彼と会ったときから今まで、特に耳が聞こえないということを感じたことは一度もありませんでした」

 ――一般の方と同様に話ができたということか

 新垣氏「そういうことです」

 ――佐村河内氏から「現代典礼」という曲の依頼を受けてどう思ったか

 新垣氏「彼からは、一枚の図表をもらったわけですが、それと同時に、彼が『非常に大きな編成で大きな長さの曲を書いてくれないか』と依頼がありました。図表は、実際の作品の曲のなりゆきとは全く異なりますけど、ただ、あの表を私が机の横に置くということで、それをある種のヒントとして、私が作曲する上では必要なものだったと思います」



佐村河内さん代作会見(3)「CDの解説にあった記述はほとんどが嘘です」
 (産経デジタル)- 2014年2月6日(木)
 

 〈新垣氏は言葉を選びつつ、報道陣の質問に答えていった〉

 ――最後に佐村河内さんと会ったのはいつか

 新垣氏「最後に会ったのは、去年の12月15日です」

 ――そのとき、「すべてを打ち明ける」といったような話はしたのか

 「していません」

 ――今、佐村河内さんに何といいたいか

 「多くの人の夢を壊してしまったわけです。ただ、やはり、そもそもの関係が間違っていたのではないでしょうか。以上です」

 ――2人の印税などはどう管理していたのか

 「彼が(作曲を)依頼し、私が作曲し、それによって私は報酬を受け取りました。印税については私はまったく関係がありません」

 〈質問は各作品の作曲の経緯などに及んでいく〉

 ――2006年に、佐村河内さんがある高校の吹奏楽部に小品を提供している

 「はい。私が作りました」

 ――どんな依頼だったのか

 「彼が、ある高校の吹奏楽部の顧問の先生とコンタクトを取り、それで彼が『学校の吹奏楽部のために曲を書きます』といって、私のところに依頼が来ました」

 ――佐村河内さんから曲のイメージや構成案が送られてきたのか

 「あの曲に関しては、そういうことはありませんでした。私が(曲を)書きました。楽器の編成が吹奏楽のみならず、邦楽器を含んでいた。顧問の先生から、ゲーム音楽のイメージで作っていただけないか、という依頼だったと思います。それを受け取り、作曲しています」

 〈質問は再び、佐村河内さんの聴力に及ぶ〉

 ――佐村河内さんの聴力について。新垣さんが作った曲を佐村河内さんが聞き、意見するなど、耳が聞こえる具体的なエピソードはあるのか

 「おっしゃったようなことはありました。私が録音したものを彼が聞き、彼がそれに対してコメントするというシーンは何度もありました」

 ――耳が聞こえないということを装っていた、という認識なのか

 「はい」

 ――CDの解説書の中で、佐村河内さんが長野にコンサートを聴きにいき、新垣さんと知り合ったというエピソードが載っていた。それもすべて嘘だったのか。そして、吹奏楽部のために作った曲では、新垣さんは満足感を感じていたのか

 「CDの解説にあった記述はほとんどが嘘です。出会いはそうではないですし、あれはフィクションです。また、吹奏楽の小品のみならず、私は作曲をしましたけれども、私の作品であることはいえると思いますが、同時に、一連の作品というのは、彼とのやりとりの中で生まれたものであるという認識を持っています」



佐村河内さん代作会見(4)「20曲以上提供、報酬は700万円前後」
 (産経デジタル)- 2014年2月6日(木)
 

  ――ドキュメンタリー番組で、曲が浮かばない苦悩や、曲を絞り出す姿が映されていた。彼の苦悩する姿をみてどう感じたのか。演技だったか、本当に苦悩し、それを新垣さんに伝えたのか

 新垣氏「彼がどのような気持ちであのようなシーンを撮られたのか私には分かりません。ただ、私は、彼から依頼をうけたとき、やはり何か被災者の方のために曲を書きたいと思いました」

 ――音楽自体はすばらしいと感じたが、番組内の曲作りに苦悩する姿などは、佐村河内氏の演技だと思うか

 新垣氏「私はそう思っています」

 ――共作にしようという提案はあったか

 新垣氏「そのようなことは私からも提案はしなかったです」

 ――共作という意識はなかった

 新垣氏「あくまで彼のゴーストライターであるべきだと思っていた」

 ――佐村河内氏側の代理人によると、新垣さんが表に出づらい理由があったということだが

 新垣氏「いえ、特段ありません」

 ――名前が出なかったことについておかしいともおもわなかった

 新垣氏「初めの段階から、私はゴーストライターとしての役割であると思っていました」

 ――ゴーストライターとして曲を書いた報酬は

 新垣氏「18年間で20曲以上提供しました。はっきりとした金額はちゃんと調べていませんが、700万円前後だと思います」

 〈話題は「みっくん」と呼ばれる義手のバイオリニストの少女との関係に移る〉

 ――フィギュアの高橋選手が使用するバイオリンのためのソナチネは、当初みっくんに送られた曲。新垣さんとみっくんの関係は

 新垣氏「彼女とは、彼女がバイオリンを始めた頃から私がバイオリン教室で私が伴奏していたので、そのころからの関係です」

 ――ご家族からは佐村河内氏への相談は

 新垣氏「はい。そういうことが一回ありました」

 ――どういった内容か

 新垣氏「それは、雑誌に書いてある通りです」

 ――700万ほどの報酬について。今後返還する考えは。もしくは今後、演奏家の方らに賠償のような形をとることは考えているか

 新垣氏「私の気持ちでは彼に報酬を返すことは考えていません。演奏家の方に対しては、私は非常に感謝の念を持っています。それをお伝えしたいと思います」

 ――佐村河内さんの曲と信じてCDを買われたファンの方には

 新垣氏「それは、大変申し訳ないことをしたと思っております。本当に申し訳ありません」

 〈新垣氏はここでまた深く一礼。報道陣は相次いで手をあげている〉

 ――世に知られるきっかけとなった芥川作曲賞への応募について、作曲家としてどういった気持ちだったか

 新垣氏「それに関しては私は、最初は知らないままだったのですが、戸惑いました」

 ――ご自身で芥川作曲賞に応募されたことは

 新垣氏「私自身のオリジナルとして提出したことはまだありません」

 ――今後は

 新垣氏「賞に応募することはないと思いますが、その芥川作曲賞という日本の芸術音楽に贈られる賞なので、私もその領域で、芸術作品を作りたいという意志は強く持っております」



佐村河内さん代作会見(5)「彼は、非常に初歩的なピアノの技術のみ」
 (産経デジタル)- 2014年2月6日(木)
 

  〈質問は、楽曲に関する今後の権利や、現在のクラシック業界への見解にまで及んでいく〉

 ――佐村河内さんから伝えられていた楽曲のイメージはどんなものか。また今後、楽曲の著作権を主張するのか

 新垣氏「彼は言葉のみならず、いろいろなクラシック音楽のレコード、CD、録音などを聞いていました。それで、彼なりに、自分の(表現)したいものを選んで、提示したこともあります。それから図表や言葉というもので提示されました。著作権に関しては、私は放棄したいと思います」

 ――佐村河内さんはピアノを弾けないのか。また、新垣さんは、今のクラシック業界に対する不満があったのか

 「今の質問に対しては、特に不満を持っているということはありません。作曲家が、自分の作品を発表するための場は、決して貧しい状況とは思っておりません。それから、彼(佐村河内さん)は、非常に初歩的なピアノの技術のみ、であります」

 ――会話ができたということは、2人以外に誰が知っていたのか

 「私は彼と接触するとき、ほとんど2人だけだったです。そこでは、ごく普通のやりとりをしていたということです。それ以外で彼と会うということはありませんでした」

  ――著作権を放棄するとおっしゃった。著作権をすでに譲渡しているのか。楽曲を提供した際、すでにそういう話し合いをしているのか

 「そういう話は一切していません」

 ――JASRACと協議はしているのか

 「私はそれには一切関わっておりません」

 ――レコード会社の日本コロムビアや、密着取材したNHKのディレクターも一切事実を知らなかったのか

 「私はNHKの方やコロムビアの方とはコンタクトを取っておりませんでしたので、それはお答えできない。私はまったく知りません」

 ――2人の関係が露見しないために工作したのか

 「それは1点。私が(楽曲を)作っているということを口外しないということのみです」

 ――偽名を使ったのは

 「偽名を使ったのは、(「週刊文春」に報じられた)1回です」

 〈質問は再度、新垣氏が「真相」を打ち明けることを決めた心中についてただしていく〉

 ――気持ちに変化が起きたのはなぜか

 「去年の5月に曲を提出した段階で、続けられないと思いました。7月にそのことを彼に伝えました。さらに12月、もう一度彼に要求しました。でも、それはうまくいかなかった」



佐村河内さん代作会見(6)「障害者手帳、一度だけ見せられた」
 (産経デジタル)- 2014年2月6日(木)
 

  ――「現代典礼」という曲を作ろうとした経緯と、それが「HIROSHIMA」に変わっていった経緯は

 新垣氏「彼(佐村河内守さん)から『一枚のCDに収まるようなゲームではなく、オーケストラのための作品を作りたい』という希望を聞きました。それを、発売するのだと。そのために一年間で、つくってくれ、ということで引き受けました。

 私は事情は分からないのですが、結果的に発売はされませんでした。そのままになっていました。もちろんそのときには、『HIROSHIMA』というタイトルではありませんでした。数年後、そのオーケストラ作品が『HIROSHIMA』というテーマで発表されると聞いた際には大変驚きました」

 ――改めて「みっくん」とよばれるバイオリニストと、ご家族への思いを

 新垣氏「彼女にはぜひ、あの曲を弾いてほしいと思っています。彼女と、彼女の家族のみなさまに対しては、これからも音楽を通じてコミュニケーションをしていきたいという思いが強くあります」

  ――新垣さんが今回会見をして謝罪をするのは一つのけじめだと思うが、今後の身の処し方は

 新垣氏「できることならば、今後も私の音楽の仲間たちとともに、音楽活動を続けていきたいと強く思っています」

 ――みっくんに曲を弾いてほしいということだが、一方著作権については放棄したいともいう。ご自身でこの曲は残したい、この曲は違うというような切り分けは。また、自分の音楽と佐村河内氏の音楽を作る際の気持ちの違いは

 新垣氏「佐村河内さんのために曲を書くという面もありました。彼との関わりの中で、作品が生まれるということなのですが、彼との共同作業であると私は全ての作品において思うのです。同時に、全ての作品は私のできる限りの力の範囲で作るものであり、そういう意味では、一つ一つが大事なものです」

 ――なぜ週刊誌での告白という形を取ったのか。また、ソチ五輪直前のこの時期の発表には、売名行為という見方もあるが

 新垣氏「やはり、高橋選手に偽りの状況のまま踊っていただくことは、非常によくないことではないかと思いました」

 〈報道陣からは、佐村河内さんが実際に障害者手帳を持っているかどうかの追及があった〉

 ――佐村河内さんの障害者手帳などを見たことあるか

 新垣氏「一度だけ見せられたものはあります。手帳です。何級かは記憶にありません。時期は、彼が、自分の耳が聞こえないと世間に、そのようなスタンスをとった直後です」 

 ――彼が35歳のときか

 新垣氏「そこらあたりだと思います」 



佐村河内さん代作会見(7)「彼と私の情熱が共感しあえた時はあった」
 (産経デジタル)- 2014年2月6日(木)
 

  〈佐村河内さんがどのような心中で自身を「偽って」いたのか-。質問は、新垣氏から見た佐村河内さんの「内面」に入り込んでいく〉

 ――佐村河内さんは、具体的にどう作曲に関わっていたのか

 新垣氏「私が音楽の断片のようなものをいくつか提示し、譜面を書き、ピアノに録音する。それを彼が聞き、彼がいくつか選んだ断片をもとに、あとは私が作曲、全体を構成する-というプロセスでした」

 ――譜面上のやりとりではなく、実際にピアノを聞かせて、やりとりがあった

 新垣氏「はい」

 ――障害者手帳は、詐取しているということなのか

 新垣氏「私は彼と普通のやり取りをしていました」

 ――障害者ではないと

 新垣氏「そう思います。それは違うのではないかと思います」

 ――であれば、佐村河内さんはなぜそういうことをしていた。本人の口からはどういう説明があったのか

 新垣氏「最初は私に対しても、耳が悪い状況である、ということを示していたのですが、やりとりをしているうちに(もとに)戻ってきました」

 ――佐村河内さんは、偽りを「隠す」理由についてはどう説明していたのか

 新垣氏「耳が聞こえないということを示すための、外に向けての行為をしていたのだと思います」

 ――佐村河内さんは真実を隠した方が、CDを売れるんじゃないか? といったことは言っていたのか

 新垣氏「『これからはそういう形でいく』ということを聞いたことはあります」

 ――それはいつか

 新垣氏「ゲーム音楽が発表された後です」

 ――福島県本宮市が佐村河内氏に依頼し、東日本大震災の3年イベントで初披露する楽曲があると聞いている。これも新垣氏が作曲したのか

 新垣氏「それは初めて聞きました。私は関わっていません」

 ――著作権はいつ放棄するのか

 新垣氏「高橋(大輔)選手があの曲で演技できるための詳しい手続きは分かりませんが、それは実現されなければならないので、手続きが必要であれば絶対しないといけないと思っています」

 ――世に出した楽曲の中で、新垣氏が作った記憶のないものはあるのか

 新垣氏「先ほどの(福島に関する)曲は私は知りませんでした。自分の認識のなかでは彼のほぼすべての曲を自分が担当しています」

 ――ほかにゴーストライターはいないという認識か

 新垣氏「私はそう思っております」

  ――作曲の報酬面で不満に感じたことはあったか。また、佐村河内氏との間で、金銭面でのトラブルはあったのか

 新垣氏「私が譜面を作り、報酬を受け取る形はまったく自然なものと自分では思っていました。そして、彼がそれ(楽曲)を受け取った後は、もう、彼のものなわけですから、彼がどのように扱ってもいいということだと思っています。ですので、その後についてのことについては私は一切タッチしたくないという気持ちがありました。金銭トラブルというものはなかったと思います」

 ――CDの回収などでレコード会社などに生じた金銭的損害についてはどう処理するのか

 新垣氏「どのような形で償えばいいのかということは分かっておりません」

 〈18年にわたって佐村河内さんと「共犯関係」を続けてきたという新垣氏。その奇妙な2人の関係の「本質」に記者の興味は向いた〉

 ――ゴーストライターに徹していたとしても、18年はあまりに長い。佐村河内氏との間に友情はあったのか。それとも佐村河内氏が変わっていったのか

 新垣氏「最初お会いしたとき、彼は自分が撮った映画で自分のアイデアを実現したいという気持ちがあった。そのために、彼は実際の音楽の予算を大幅に超えたお金を自分で出して、メンバーを雇い、スタジオを借り、私が協力して作っていった。彼は(当時)自分のやりたいことを実現させるためにがんばったのだと思います。そのような点では、偉いなと思っていた。彼が変質したかどうか。それは私は、そんなに感じてはいなかったかもしれません。彼とは基本的に、依頼をし、譜面を作り、渡すというやり取りだけの関係を保っていました。その中で、彼の情熱と私の情熱が、共感しあえたときはあったと思っています」



佐村河内さん代作会見(8完)「彼は実質的なプロデューサーだった」
 (産経デジタル)- 2014年2月6日(木)
 

 〈会見も終盤を迎え、新垣氏には疲れの表情も浮かび始めた〉

 --新垣さんは、佐村河内氏の欺く行為を止めることができる立場にいた

 新垣氏「やめたいと直接言ったのは、実は最近になるわけです。去年のことです。それまで彼にはっきりと自分の意志を伝えたことはなかったんです。彼から依頼があれば、受けるということをごく普通に続けていました」

 --そうした環境の方が、自身で曲を発表するより曲に注目が集まるという認識か

 新垣氏「私はゴーストライターとしての役割を果たすためには、やはりそれが知られてはならないので、なるべくそれがやりやすいような状況を望んだのは否めません」

 --今回、佐村河内さんは芸術的な共作者という位置づけか。それとも、仕事を取ってきて、世間に売り出してくれるプロデューサーという認識だったか

 新垣氏「彼は、実質的にはプロデューサーであったと思います。アイデアを私が実現する。ただ、それを彼が自分のキャラクターを作り、世に出したということ。彼のイメージをつくるために、私は協力をしたということだと思います」

 --実際彼は譜面をかけたのか

 新垣氏「書けません」

 --広島の被爆者の方についてどう思うか

 新垣氏「音楽とは別に、広島の被爆者の方々に対する思いはございます。それを音楽で表現をするということもあるかもしれません。あるいは、被爆された方への思いが、もしかしたら音楽に与える影響もあるかもしれません。今それは非常にあいまいです。はっきりメッセージ性を持たせて作るというやり方は私自身はあまり、自分の名前で出すときはとっておりません」

 --「ゴーストライターが前に出てはいけない」と先ほどおっしゃっていた。とはいえ、これだけご自身の曲が評価されると、自分が書いたといいたくなると思う。葛藤はあったか

 新垣氏「自分の作品が演奏されて、多くの方々が聞いてくださるということは、非常にうれしいことでした。なのですが、この場合は、それをどう自分の中で受け止めていいのかということは、ちょっと分かりませんでした」

 --高橋選手が「ソナチネ」をやることをどういう経緯で知ったか

 新垣氏「私はそのことを知ったのは、おそらくずいぶん後のことだと思います。発表されてから、何となく聞こえてきたということでした。テレビの報道です」

  --高橋選手が「曲目を変更しない」と発表したときの気持ちは

 新垣氏「高橋選手があの曲を選んでくださったというのは、私にとって大きな喜びでした。そして、高橋選手がこのような事態にも関わらず、なおこの曲を選んで下さり、その曲で踊ってくださることを聞きまして、非常にうれしく思いました」

 --今後何らかの裁判を起こす可能性と、これまで発表されたCDの名義変更については考えているか

 新垣氏「今まで彼の名義で発表されたものは、もうそういうものだと私はおもっています」

 --裁判を起こす考えは

 新垣氏「私の方からは考えておりません」

 --このまま佐村河内氏個人の名前で残っていいということか

 新垣氏「それで皆様が納得されるかは分かりませんので、それはお答えできません」

 〈その後、週刊文春に記事を寄せた神山典士氏があいさつ。「義手のバイオリニスト」が「ソナチネ」を演奏する映像が会場に流れ、新垣氏はそれを見ていた。激しいフラッシュがたかれるなか、新垣氏は伏し目がちに会場を後にした〉 



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テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

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