観劇レビュー&旅行記
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「アンパンマン」 と 「手のひらを太陽に」 の やなせ・たかしさん 御逝去
2013年10月15日(火)

 子どもたちに、『アンパンマン』などを通じて平和の大切さを常に伝えてきた

多方面に才能を発揮された やなせ・たかし さんが、亡くなったとのこと。

 御冥福をお祈り致します。

    YanaseTakashi_m0016037486.jpg
     やなせたかしさん死去=漫画家
     (時事通信) 2013年10月15日(火)19:06

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やなせたかしさん死去:平和願い続けたアンパンマン
 (毎日新聞) - 2013年10月15日(火)21:33
 

 正義の味方アンパンマンの生みの親、漫画家のやなせたかしさんが亡くなった。アンパンマンは、やなせさんそのものだった。おなかがすいている人には、自分の顔をちぎって分け与え、自分が傷つくこともいとわない「世界最弱」のヒーローだった。

 アンパンマンが登場した1970年代は特撮ヒーロー全盛期。いっぷう変わったヒーローものは売れないと思われたが、その反響は結果的に予想を上回った。

 やなせさんは、太平洋戦争で兵役に就いた。この戦争体験から平和への願いを込め、アンパンマンは誕生した。「聖戦と思っていたのが実は違った。正義の味方はすぐに逆転する。ひもじい人を助けるアンパンマンはどこへ行っても正義の味方です」と、何度も話した。自身も「何かをして人を喜ばせたいといつも思っています」と語っていた。読者の詩や絵を掲載する雑誌「詩とメルヘン」の編集長を務め、各種イベントに登場すると自ら歌って踊るなどサービス精神旺盛だった。

 「愛と勇気だけがともだちさ」。東日本大震災の被災地では、アニメの主題歌「アンパンマンのマーチ」が歌われた。やなせさんがポスターを贈ると、子供たちが笑顔を取り戻したことも。それを聞き「まだまだ頑張らなくては」と意欲を持ち続けていた。「(岩手県陸前高田市の)奇跡の一本松」をテーマにした復興ソングも作詞作曲。昨年、今年と公開されたアンパンマンの映画でも、被災地復興をテーマにエールを送り続けた。

 15日記者会見した、アンパンマンシリーズを刊行するフレーベル館の武藤英夫社長らによると、やなせさんは今年8月から入院。それでも、時々、東京都内の自宅兼スタジオに顔を出し、スタッフと話をした。12日は病室で午後10時ごろまでスタッフと話をしていたが、13日未明に容体が急変した。

 一昨年にぼうこうがんにかかり、肝臓に転移していたという。20年前に妻を亡くし、子供はなかったが「アンパンマンが僕の子供だ」が口癖だった。

 漫画家のちばてつやさんら関係者約60人が参列した15日の葬儀では、ひつぎにアンパンマンの人形やぬいぐるみが納められた。

 今年は、作家活動60年の節目の年だった。関係者からは惜しむ声などが寄せられた。アニメでアンパンマンの声を演じる戸田恵子さんは「やなせ先生こそがアンパンマンそのものでした。大切な道しるべを失った感覚です」との談話を出した。同じ高知県出身の漫画家、西原理恵子さんは「やなせ先生がアンパンマンの裏側に秘めた思いを伝えていきたい。それが後輩としての今後の私の仕事」と語った。子供が「アンパンマン」をよく見ていたというタレント、エッセイストの小島慶子さんは「ばいきんまんを憎むべき敵ではなく、困ったやつという仲間の一人としてみている。そんな描き方に人間の生きるうえでのリアルさ、優しさを感じる。やなせさんのまなざしに触れると、子供は自分もいていいんだと安心できる」と魅力を語った。同志社大教授で、漫画研究家の竹内オサムさんは「幼い頃、父親を亡くすなどの苦労をしたやなせさんの作品には『かなしさ』が底流にある。だからこそ、生きることの意味を高らかにうたいあげ、勇気や正義を大切にした」と話した。【内藤麻里子、木村光則、中村かさね、広瀬登】  



漫画家のやなせたかし氏が死去
 『アンパンマン』の生みの親 - 享年94歳

 (マイナビニュース) - 2013年10月15日(火)18:00

『アンパンマン』シリーズの生みの親である漫画家、絵本作家のやなせたかし氏が13日午前3時8分、心不全のため都内の順天堂病院で死去した。94歳だった。

 やなせ氏が会長を務めていた日本漫画家協会の公式サイトによると、葬儀は近親者のみで執り行われ、後日偲ぶ会を予定しているという。

 やなせ氏は、1919年(大正8年)東京都生まれ、高知県出身。東京高等工芸学校図案科(現・千葉大学工学部)を卒業後に高知新聞記者、三越宣伝部のグラフィックデザイナーの経て、舞台装置の製作や放送作家、作詞家、編集者などさまざまな分野で活躍。1961年いずみたく作曲の『手のひらを太陽に』を作詞、1969年にラジオミュージカルとして制作したものを絵本化した『やさしいライオン』を刊行。こちらは1970年に虫プロダクションでアニメ映画化を果たしている。

 代表作となった『アンパンマン』は、1973年の月刊絵本『キンダーブック』10月号(フレーベル館刊)に初登場。当時『あんぱんまん』はひらがな表記であり、やなせ氏初の幼児向け絵本となった。そして、1975年にキャラクター名を片仮名に変更した続編の絵本『それいけ!アンパンマン』を出版。1988年にTVアニメ化を果たし、2013年現在も多くの子どもたちに親しまれている。1990年には『アンパンマン』で日本漫画家協会賞大賞、1991年には勲四等瑞宝章を受章、1995年には日本漫画家協会賞文部大臣賞を受賞している。

 今年11月には漫画家、絵本作家、詩人、編集者とさまざまな分野で活躍してきたやなせ氏の活動の集大成となる一冊『やなせたかし大全』の発売が予定されている。また、やなせ氏は、今年7月に公開されたシリーズ通算25作目のアニメーション映画『それいけ!アンパンマンとばせ希望のハンカチ』の初日舞台あいさつに出席して元気な姿を見せていた。本作のテーマに希望を掲げ、「ハンカチを三角に折って端を持ち、もう片端を自分の隣の人に持ってもらえれば、すべての人がつながることができるのだ」と話していた。  



やなせさんは「アンパンマンそのもの」
 戸田ら声優3人が揃って明かす

 (ORICON STYLE) - 2013年10月15日(火)20:55
 

 人気アニメ『それいけ!アンパンマン』の生みの親として知られる漫画家・絵本作家のやなせたかしさん(享年94)が13日に死去した。やなせさんは、同作で「勇気」「優しさ」「分け与える心」などを描いてきたが、長きにわたり同作の声優を務めてきた戸田恵子(アンパンマン)、中尾隆聖(ばいきんまん)、佐久間レイ(バタコさん)は、お悔やみコメントの中で、故人について「アンパンマンそのもの」と口を揃えて語っている。

YanaseTakashi_m-2029751.jpg


 戸田は、お悔やみコメントの冒頭から「やなせ先生こそがアンパンマンそのものでした」といい、「いつでも優しさで私達を包んでくださり、分けあうことを教えてくださった。ただひたすらありがとうございましたと感謝を申しあげるしかないのですが、今は決してなくしてはいけない大切な道しるべを喪(うしな)った感覚です」と心境を吐露。

 26年にわたりバタコさんを演じてきた佐久間は、長きつき合いの中で、やなせさんから「バタコさんの役目はね “行ってらっしゃい”と“おかえりなさい”ですよ。人は帰るところがあるから、待っていてくれる人がいるから 思い切り冒険ができるんですよ。“おいしくな~れ”と想いを込めてこねるから パンにも命が宿った大切なことは、想いを込めること」と“金言”をもらったといい、「命を役立たせ、使い切って旅に出た先生。ご自身がアンパンマンそのものでしたね。本当にお疲れ様でした」と、ここでも故人を「アンパンマンそのもの」と表した。

 さらに、中尾も「大変ビックリです。私の中で、やなせ先生はアンパンマンそのままの方なので、先生はずーっといつまでもいらっしゃる方だと思っていたので、凄くショックで、さみしいです」とコメントしており、3人揃ってやなせさん自身が“アンパンマン”だったと振り返っている。

 

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