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観劇レビュー&旅行記
【観劇レビュー&旅行記】を中心にFC2上で、私も思いを気の向くままに書いてゆきます。 政治・時事評論は 【JUNSKY blog 2018】に引続き運用します。リンクの一番上に記載しています。


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朝鮮通信使
朝鮮通信使

写真は、【400年前しのび 通信使行列(中国新聞) - goo ニュース】 より

 今(2007年11月11日午後10時半)、NHK教育テレビ「ETV特集」で、「朝鮮通信使・400年の真実」が放映されている。

 秀吉の朝鮮侵略によって、多くの朝鮮国民が殺戮され、王の墓が暴かれ、大勢の陶工が拉致されてきた事実を明らかにした。
 秀吉の侵略政策と、家康の友好政策を対比しているのも、紋切り型ではあるが、安倍首相の敵視政策と福田首相の宥和政策を皮肉るような構成とも取れる。

 対馬藩は、日本と朝鮮の友好なくしては、自藩の交易による収益を上げられないため、徳川家康の『国書』を偽造してまで国交を回復をはかり、見事に成功する。
 朝鮮史の専門家であるコメンテイター(慶応大学・田代教授)は、対馬藩の外交文書の偽造は、この家康『国書』が初めてではなく、もっと前から偽造を繰り返しており、偽造技術も発達していたと解説する。
 これを検証するため、NHKの『科学捜査班』は、国書を認めた和紙(?)の科学検証や印鑑や朱肉の検証も行っている。

 朝鮮国王は、偽造ではないかと気付いていたが、国交を優先して、不問に付したという。

 しかし、この偽造は今時で言えば、対馬藩の柳川調興が「内部告発」し、将軍・家光に訴えらるが、結果は、内部告発した柳川が財産没収の上「流罪」、対馬藩主は「お咎めなし」という腑に落ちない結果となったという。
 昔からこういう結末に至ることが多かったのだろう・・・

 田代教授の推定では、朝鮮外交の窓口として対馬藩・宗家を温存する必要があり、内部告発者で実行責任者でもあった柳川氏を処分したのであろうと言う。
 そして、実際には宗家側と柳川氏派の処分された人数は数合わせで同じになっているとのこと。

 両国とも鎖国中ではあったが、朝鮮半島の生糸や朝鮮人参を、日本の銀で買っていたらしい。
 プサンには、出島の25倍の大きさの外国人居留地があり、日本人商人が常時四百人以上居住していたという。
 貿易は、国交回復の大きな底流であり、ある意味では主目的であったであろう。

 そういう紆余曲折を経て、日本と朝鮮の長い友好関係を結んだのであった。

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対馬藩といえば、この人という雨森芳洲は、番組の最後に紹介された。
今こそ、雨森芳洲の外交精神を学ぶべきである。 (23:15追記)

22:00~23:30におよぶ1時間半の力作であった。
ETV特集ホームページは、ここをクリック
 
【NHKホームページの解説】

 朝鮮通信使400年にあたる今年、日韓双方で通信使の再現行列が行われるなど日本と朝鮮半島の絆を見つめる機運が高まっている。鎖国時代に260年にわたって続いた朝鮮通信使による交流。それは豊臣秀吉の朝鮮への出兵によって国交が断絶された後、徳川幕府による戦後処理交渉によって始まった。400年前の外交交渉は、東アジアの良好な秩序はどう築かれるべきかを考える上で、今も多くの示唆を与えてくれる。

 交渉は当初、両国のメンツがぶつかり合い、難航した。この間の朝鮮王朝の苦悩と戦略立案の会議の様子が、「朝鮮王朝実録」に記されている。対馬の宗家が複雑な交渉にあたり、国書の改ざんにも手を染めた。最近、研究者によって、この国書改ざんには日本だけでなく、朝鮮王朝も関わっていたことが明らかになってきた。両国は知恵によって障碍を乗り越えていたのである。

 その後の盛大な交流は、絵師達が描いた多くの絵巻などに記録されている。当時の幕府財政の一年分相当を費やして迎え入れた通信使、その交流を示す多彩な資料と街道沿いに名残の建物が残っている。華やかな交流の蔭で、二国間の関係はどのようにして成立していたのか。儀式や礼をめぐる衝突、ともに抱く相手を下にみる意識、両国は不信と信頼のはざまで揺れ、数々の論争や衝突が起きたが、対馬藩の雨森芳洲のようなその壁を乗り越える思想を持つ人物があらわれる。
 
 番組は、国交正常化交渉とその後の交流の実態を再現映像も交えて興味深く描き、スタジオでは歴史の専門家が、アジアの今と将来を学ぶ視座で、再評価していく。
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テーマ:NHK - ジャンル:テレビ・ラジオ

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