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観劇レビュー&旅行記
【観劇レビュー&旅行記】を中心にFC2上で、私も思いを気の向くままに書いてゆきます。 政治・時事評論は 【JUNSKY blog 2018】に引続き運用します。リンクの一番上に記載しています。


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劇作家 井上ひさし さん 死去
2010年4月13日(火)

 喜劇の中に現在のシリアスな状況をを映しこみ、他の追随を許さなかった
 劇作家・井上 ひさし さん が、去る4月10日に亡くなったそうです。

 昨日(4/12)午後9時のNHKニュースで初めて知りましたが私にとっては突然の訃報でした。

 井上 ひさし さんは、日本国憲法第9条を守るために国民の共同を呼び掛けた
 「九条の会」の共同代表世話人も務め、護憲と反核・平和運動にも熱心な方でした。 
 小田 実、加藤 周一さんに続いて「九条の会」は、3人目の代表世話人を失いました。

   PN2010041101000096_-_-_CI0003.jpg
                       (写真は共同通信配信)

      ご冥福をお祈りいたします。

****************************

三女「父の芝居守る」 井上ひさしさん葬儀(産経新聞) - goo ニュース

作家の井上ひさしさん死去 戯曲、平和運動にも活躍(共同通信) - goo ニュース

井上ひさしさん死去 魂伝えた「遅筆堂」
 言論の自由、平和へ行動

 
           毎日新聞 2010年4月12日(月)18:00
 作品で社会を風刺するだけでなく、言論の自由や平和を求めて積極的に行動した井上ひさしさんが9日、75歳で亡くなった。博覧強記で、弁舌は鋭く明快。幅広い分野で才能を十二分に発揮した作家だった。【内藤麻里子】

 5歳で父を亡くし、児童養護施設に預けられた時期もあった。天性の素質は、学生時代に雑用係や台本作家として働いていた東京・浅草のストリップ劇場で磨かれた。ショーの前に、渥美清らそうそうたる顔ぶれのコメディアンが演じる喜劇を見て、大きな影響を受けた。奇抜な着想やことば遊びを駆使したおかしみは、その後の作品の特徴の一つとなった。

 滑稽(こっけい)さの中に人間の精神のあり方を示し、価値観を逆転させたり、戦争の悲惨さを浮かび上がらせる。そのように重いテーマを軽妙に語る手際が、井上さんの真骨頂だった。完全主義者で苦吟を重ねるため、原稿執筆に時間がかかり、自ら「遅筆堂」と名乗っていた。

 一方、「九条の会」を結成するなど、さまざまな反戦・平和活動を展開。「井上ひさしの子どもにつたえる日本国憲法」(06年)はベストセラーになった。教科書や食糧についての問題、国鉄民営化などについても発言。自宅のある神奈川県鎌倉市の緑を守るためのナショナルトラスト運動にも取り組んだ。

 言葉に対する関心が深く、「私家版日本語文法」(81年)などの著書もある。読書推進活動に熱心で、蔵書家としても知られた。その膨大な蔵書を故郷の山形県川西町(旧小松町)に寄贈。同町には87年、図書館「遅筆堂文庫」がオープンした。

 劇団「こまつ座」を共に結成した好子さん(現姓は西舘)との離婚やユリさんとの再婚をめぐり、芸能マスコミもにぎわせた。新作の執筆が遅れて舞台の初日が開かないことも、しばしば話題になった。

 ◇「読んでもらうこと幸せ」 三女が「最後の言葉」を語る

 井上ひさしさんの三女で劇団「こまつ座」社長の井上麻矢さん(42)が11日、劇団事務所(東京都台東区)で会見し、父の“最後の言葉”を明らかにした。「『作品を読んでもらうこと、劇場に足を運んでもらうことが僕の幸せ』と言って旅立ちました」

 麻矢さんによると、井上ひさしさんは、肺がんと診断された直後の昨年11月から、抗がん剤治療を受けた。その治療は終わったものの、体力の消耗が激しくなった今年3月半ば、神奈川県内の病院に再入院。4月9日朝に帰宅したが、夕方に容体が急変。妻のユリさん(57)、麻矢さん、大学1年生の長男佐介さん(18)の3人に見守られ、眠るように息を引き取ったという。

 麻矢さんは「親子というのを超えて尊敬できる父でした。井上芝居を継続して上演するよう言いつかっています。こまつ座はその遺志を受け継ぎ、活動を続けていきます」と語った。

 井上さんは沖縄を題材にした新作戯曲「木の上の軍隊」を執筆中で、こまつ座などが7月から東京・新宿で上演する予定だったが、完成させることができなかった。

 ◇出身山形に記帳台

 井上さんは山形県川西町(旧小松町)出身で、劇団「こまつ座」の名は小中学生時代に映画や芝居を見た同町の「小松座」に由来する。99年には町名誉町民にもなった。井上さんが寄贈した蔵書や資料を納める同町の「遅筆堂文庫」と山形市の「シベールアリーナ&遅筆堂文庫山形館」には記帳台が設けられ、訪れた人たちが井上さんの死を悼んだ。

 旧小松町で小学校から中学校の途中までの7年間を井上さんと過ごし、小松座でともに映画を見たことがある同級生の後藤正さん(75)は「力が抜けた。抗がん治療から退院したと聞き、会えるのを楽しみにしていたのに」と目を潤ませた。【近藤隆志】 



藤原竜也さん「井上さんの遺志引き継ぎ頑張る」 

      読売新聞 2010年4月12日(月)20:21
 肺がんのため9日に75歳で亡くなった、文化功労者で劇作家・小説家の井上ひさし(いのうえ・ひさし=本名・廈=ひさし)さん。

 東京裁判三部作第1弾「夢の裂け目」を上演中の新国立劇場(東京都渋谷区)では12日、作品の内容や時代背景にまつわるトークショーが開かれた。

 約200人の聴衆を前に、同劇場演劇部門の鵜山仁芸術監督(57)は「(作者の)井上ひさしさんがお亡くなりになりました。しかし、今回のトークは普段と変わらずにやっていこうと思います。そうすることが井上さんの望んでいたことであり、井上さんの遺志にもかなっていると思うからです」と話した。

 同劇場に設けられた井上さんへのメッセージコーナーには終演後、続々と観客が訪れ、思い思いのコメントを寄せていた。神奈川県横須賀市の保育士、松浦まき子さん(49)は「作品を見る度に、社会の仕組みなどが教科書を読んでいるかのように勉強になった。もっといろいろなことを教えてほしかった」と残念そうに話していた。

 また、宮本武蔵、佐々木小次郎の対決のその後を描く「ムサシ」は、5月にロンドン、7月にニューヨークで公演される。出演者やスタッフは、さいたま市中央区の「彩の国さいたま芸術劇場」で、最後のけいこを行っている。

 武蔵役で主演する藤原竜也さん(27)は12日、けいこ場で取材に応じ、「(昨年3月の初演では)やんちゃで良かったと言ってくれ、楽しんで芝居を見てくれた。愛情のある優しい方。遺志を引き継いで、日本の演劇界がもっと前に進むよう頑張りたい」と語った。

 演出の 蜷川 ( にながわ ) 幸雄さん(74)は「公演初日に台本が出来て4時間けいこして、2時間後に幕を開けたことを思い出す。井上作品が世界の演劇の最先端にあることをロンドン、ニューヨークの人々に伝えたい」と語り、公演の成功を誓った。 



井上ひさしさん、75歳肺がんで死去 

      日刊スポーツ 2010年4月12日(月)10:01
 「吉里吉里人」「ひょっこりひょうたん島」など笑いと社会批評を織り交ぜた戯曲や小説、エッセーを発表し、平和運動に取り組んだ劇作家で作家の井上ひさし(いのうえ・ひさし)さん(本名・廈=ひさし)が9日午後10時22分、肺がんのため神奈川県鎌倉市の自宅で死去した。75歳。葬儀は近親者のみで行う。喪主は妻ユリさん。脚本執筆が遅く「遅筆堂」と呼ばれて初日延期はしばしばあり、前妻西舘好子さんとの離婚も話題となった。

 この日朝、都内で会見した井上さんの三女で劇団こまつ座社長の井上麻矢さん(42)によると、井上さんは9日朝に神奈川県内の病院から鎌倉の自宅に戻った。麻矢さんは「体調も落ち着いていたので、のんびりとできるかなと思っていた」が、夕方に容体が急変。妻ユリさん(56)大学生1年の長男(18)麻矢さんの3人にみとられて息を引き取った。麻矢さんは「自宅に戻って安心したのか、うとうとしているような感じで、眠るような最期でした」。井上さんの遺志で葬儀は近親者のみで行うが、亡くなった事実も密葬後に公にする予定だったという。

 井上さんは昨年10月、最後の戯曲となった「組曲虐殺」を完成させた直後に体調が悪くなり、肺がんと診断された。11月から抗がん剤治療を受け、12月に見舞った関係者に呼吸するのもつらそうで「きついね」とこぼしていた。治療が一段落すると自宅に戻って在宅看護を受けるなど入退院を繰り返した。体力の消耗が激しくなった今年3月半ばに再び入院していた。

 麻矢さんは「作品を読んでいただくことと、劇場に足を運んでいただくことが一番の幸せだと言って旅立ちました。父は働き者で、親子という間柄を超えて尊敬できる人でした」と悲しみをこらえて語った。井上さんは「組曲虐殺」の舞台に満足し「『組曲虐殺』を書けたからいいんだよ」と話す一方で、病床で沖縄戦を描く次回作「木の上の軍隊」執筆に意欲を見せていた。20年来集めた膨大な資料を読みながらプロット(あらすじ)も作っていた。また、広島の被爆者を描いた「父と暮らせば」の続編として「今度は長崎を書きたい」とも話したという。

 井上作品だけを上演した「こまつ座」の活動は継続し、巡演中の「シャンハイムーン」や今後上演される「ムサシ」「黙阿弥オペラ」などの井上作品は追悼公演と銘打つ。麻矢さんは「井上芝居を継続して上演するように言いつかっています。こまつ座はその遺志を受け継ぎ、活動を続けます」。出身地の山形県川西町にある蔵書を寄贈した遅筆堂文庫、中学・高校時代を過ごした仙台市の仙台文学館、井上さん作「夢の裂け目」を上演中の新国立劇場に記帳台を置くという。

 この日夜、鎌倉市の自宅で密葬による通夜が営まれた。自宅門に葬儀は近親者のみで行い、香典や弔花は辞退するとの告知文が張られ、参列者は親族を含め約20人とひっそりとしていた。祭壇には著書や舞台ポスターが置かれていたという。 

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テーマ:演劇・劇団 - ジャンル:学問・文化・芸術

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