FC2ブログ
観劇レビュー&旅行記
【観劇レビュー&旅行記】を中心にFC2上で、私も思いを気の向くままに書いてゆきます。 政治・時事評論は 【JUNSKY blog 2018】に引続き運用します。リンクの一番上に記載しています。


プロフィール

junsky07

Author:junsky07 私の旅行記や、オペラ・バレエ・ミュージカル・演劇等の観劇の感想などを気の向くままに書いてゆきます。



カレンダー

10 | 2019/11 | 12
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30



現在日本時間



最近の記事



ブログ内検索



カテゴリー



リンク



FC2カウンター



FC2ブログランキング



ブログ・ランキング

ブログランキング・にほんブログ村へ



アクセス・ランキング

にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ



アクセス・ランキング

にほんブログ村 演劇ブログ 演劇(観劇)へ



アクセス・ランキング

音楽ブログ

ランキング



アクセス・ランキング

にほんブログ村 旅行ブログ ヨーロッパ旅行へ



FC2ブログランキング

御訪問頂きありがとうございます

FC2ブログランキング

よろしければクリック御願いします



天気予報


-天気予報コム- -FC2-



降水予報



最近のコメント



最近のトラックバック



FC2ブックマークに追加する

FC2ブックマークに追加



QRコード

QRコード



RSSフィード



月別アーカイブ



元宝塚トップスター・ 大浦みずきさん死去
2009年11月17日(火)

 まだ現役バリバリだった、大浦みずきさんが、肺がんで亡くなられたそうです。
これからの活動も期待された53歳の若さでした。

 退団後の演劇なども幾つか見たことがありますので、残念です。

 ご冥福をお祈りいたします。

     OuraMizuki.jpg
            (時事通信  11月16日(月) 9時 7分)

************************************
ランキングの応援をよろしく ⇒ 
************************************


大浦みずきさん死去
 =元宝塚トップスター、ダンスの名手
 

      時事通信 2009年11月16日(月)00:03
 元宝塚歌劇団花組のトップスターで、退団後はミュージカルを中心に女優として活躍した大浦みずき(おおうら・みずき、本名阪田なつめ=さかた・なつめ)さんが14日午前7時、肺がんのため、東京都内の病院で死去した。53歳だった。東京都出身。葬儀は近親者で行い、12月2日午後2時から東京都新宿区南元町19の千日谷会堂でお別れの会を開く。喪主は姉の内藤啓子(ないとう・けいこ)さん。

 1974年に宝塚歌劇団に入り、男役として活躍。幼いころから習っていたバレエの実力で早くから抜てきされ、88年に「キス・ミー・ケイト」で花組トップスターに就任。ダイナミックでエレガントなダンスで「宝塚のフレッド・アステア」と評され、「ダンスの花組」と呼ばれる一時代を築いた。「ベルサイユのばら」のフェルゼン役などを演じて91年に退団。現役中の89年、退団後の92年と2度にわたり歌劇団のニューヨーク公演に参加し、成功に導いた。 
 



大浦さんの死悼む、真矢「本当に尊敬できる人」 

      スポーツニッポン 2009年11月17日(火)06:01
 元宝塚歌劇団花組のトップスターで、14日に肺がんのため53歳で死去した女優大浦みずき(本名阪田なつめ)さんの悲報を受けて16日、真矢みき(45)ら宝塚の元トップたちが所属の「組」を超えて早過ぎる死を悼んだ。真矢は「みずきさんが私を変えてくれた」としみじみ。12月2日午後2時から東京都新宿区南元町19の千日谷会堂でお別れの会が開かれる。喪主は姉内藤啓子(ないとう・けいこ)さん。

 花組の下級生(後輩)として「ベルサイユのばら-フェルゼン編-」(90年)など同じステージに立つことも少なくなかった真矢だけに、偉大な先輩の死には悲しみが込み上げた。

 「宝塚のフレッド・アステアと呼ばれたダンスの名手。大浦さんは宝塚のグレードを上げてくださった方です。トップお披露目の舞台となった“キス・ミー・ケイト”(88年3月)を見て、なんてガウンの似合う人だろうと見とれてしまいました。黒燕尾(えんび)姿も最高。とにかくプロ精神のすごい方でした」

 91年に大浦さんが退団する際、当時3番手だった真矢は「一緒に辞めようかと思います」と相談したという。「その時、鼻で笑われたんです。そして“あんたがトップにならなくてどうするの”と言われました。その一言が私を大きく変えるきっかけになりました」

 昨年、大浦さんが同じ事務所に移ってきた。もちろん闘病の様子も耳に入っていた。大浦さんは肺がんで昨年11月20日に都内の病院に入院。その後、転移もみられ一進一退を続けたが、闘病中の姿は見せたくないだろうとあえて見舞いは遠慮。その代わり、上級生・下級生と一緒に千羽鶴を折ったり、8月29日の大浦さんの誕生日には「会いたい」とつづった手紙を書いて送ったりして、回復を祈ってきた。そのかいもなく逝ってしまった大浦さん。真矢は「少女のような純真さも持ち、尊敬のできる人でした」と涙で手を合わせた。
 



関連記事

テーマ:スミレ話@宝塚歌劇団 - ジャンル:学問・文化・芸術

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック