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観劇レビュー&旅行記
【観劇レビュー&旅行記】を中心にFC2上で、私も思いを気の向くままに書いてゆきます。 政治・時事評論は 【JUNSKY blog 2018】に引続き運用します。リンクの一番上に記載しています。


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興福寺創建1300年記念 【阿修羅展】 つづき
2009年9月15日(火)

先日11日に行った 【阿修羅展】 ブログルポ のつづきです。

水晶玉の工芸品に注目しました。
こんなに昔に、水晶のような硬い鉱物を 『真球』 に加工し、
このセンターに糸を通す孔を開けることができたとは、驚きです。

その上、これらの加工をしたものを磨き上げて、一点の曇りもない
透明な球形に仕上げています。

大きさも、拳(こぶし)大の大きなものから、
数ミリの小さいものまで様々です。

picture-2m.jpg

残念ながら、解り易い画像が公式サイトにも掲載されていないので、
遠景でしか紹介できませんが。(左上奥の方の光っているもの)

これらの 『副葬品』 が展覧会冒頭で見ることができます。
 『副葬品』 というのは、正式には「中金堂鎮壇具」というもので、
建立時に後世の人々へのメッセージを込めた 『タイムカプセル』 として
埋め込まれた宝物類のことです。
公式サイトによる 「中金堂鎮壇具」 解説の引用文は、 ここをクリック

p01-l.jpg


続いての展示室では、【華原磬(かげんけい) 】 をガラスケース無しの間近で、
見ることができます。
4匹の龍が鉦(鐘;かね)を護るように絡み合った精巧な造りです。

p02-l.jpg

公式サイトの解説より
  国宝 華原磬(かげんけい)
銅鋳造鍍金(どうちゅうぞうときん)、奈良時代 8世紀 奈良・興福寺蔵 



  【阿修羅像】 は、以前 掲載しましたが、
次に展示されているのは、釈迦十大弟子の像です。

その一画の画像がこれです。

picture-14m.jpg


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 以上の画像は、九州国立博物館御提供(公式サイトなどより引用)

     ☆     ☆     ☆     

「興福寺創建と中金堂鎮壇具」


 明治7年(1874)、中金堂基壇中から、創建時に地鎮のために埋納されたと考えられる金・銀・真珠・水晶・琥珀・瑠璃(るり)・瑪瑙(めのう)などで作られた各種製品と銅鏡、刀剣など、1400点あまりの鎮壇具が出土しました。さらに、明治17年(1884)にも同じ場所から銀鋺、水晶玉など21点が出土しました。これほど大量の鎮壇具が出土するのは稀であり、いずれも優れた工芸品であることから国宝に指定されて、現在、前者は東京国立博物館に、後者は興福寺に収蔵されています。また、最近の中金堂の発掘調査でも、創建時の鎮壇具と考えられる遺物が出土しています。今回は、東京国立博物館所蔵品、興福寺所蔵品、最近の発掘調査での出土品を一堂に集め、中金堂創建にかかわる鎮壇具の全容が初めて明らかになります。  


国宝 華原磬(かげんけい)

 銅鋳造鍍金(どうちゅうぞうときん)、奈良時代 8世紀 奈良・興福寺蔵
 磬とは、字が示すように本来は石製で、古代中国の楽器だったものです。ある時期に仏教の儀式の中で打ちならす道具として定着し、材質も金属製が主流となりました。華原というのは、中国の華原地方(現在の陝西省(せんせいしょう)の一地域)のことで、名石を産出するところとして有名でした。この名称にも磬が、もとは石で造られていた名残があります。すでに華原磬は、天平6年(734)創建の興福寺西金堂(さいこんどう)に安置されていたことがわかっており、当時は「金鼓(こんく)」と呼ばれていました。「華原磬」の名で呼ばれるようになったのは、室町時代以来のことと考えられています。
 全体は銅で造られ、所々に鍍金(金メッキ)の跡が残っています。従来から、一部が奈良時代の作ではなく、後の鎌倉時代に補われたものではないかという説があり、また日本製か中国製かという議論もあって、決着をみていませんが、いずれにせよ堂々とした獅子の体、からみあう龍の細かな表現、4匹の龍が鼓を支える造りなど、技術の高さ、迫力のある表現、優れた意匠は群を抜いています。

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テーマ:美術館・博物館 展示めぐり。 - ジャンル:学問・文化・芸術

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