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バベル |
バベルを2007年5月1日午後8:55から、 ファーストデイ・スペシャル(すなわち1000円)で見た。
私的には、前評判ほどの映画とは思えなかった。 公式HPでは、山田洋次監督が高く評価したようなコピーが踊ってはいたが・・・

アカデミー最優秀助演女優賞を撮り損ねた菊地凛子さんは、言わば主演のような位置づけである。 「ドリーム・ガールス」で最優秀助演女優賞を取ったジェニファー・ハドソンも主演のような位置づけであったが、何故彼女らが『助演』なのかは良く解らない。
映画は、異なる時間と空間が平行して展開する。 それらは、全く異文化の世界であり脈絡無く突然シーン・チェンジするので(フェード・イン・アウトも無く突然切り替わる)、見ているものはあっけに取られる(昔の映画館ならフィルムを繋ぎ間違えたのではないかと思っても不思議ではないほど)。 これらの3本の線がどのように交わるか交わらないかは、この映画を最後まで見ないと解らない。
アフリカ北西部・モロッコ まずは、中東かどこかの中年男性が肩に荷物を担いで歩いてゆく姿。 彼は、自分が持っていた「猟銃」を、コヨーテの被害に悩まされている遊牧民に売りにゆくところだ。10才前後の3人の子持ちの男がこれを買い、息子兄弟に、今日中にコヨーテを5・6匹仕留めておくように(殆ど期待はせず)と言って預ける。 ここが、モロッコであることが、映画の中盤でわかる。
東京 舞台は突然、東京の新宿当たりに変わる。 遊びまわっている若者の生態の一面を切り取って映す。 バレーボールの試合に競じる高校生たち。 そのチームは、聾唖者の女子チームである。 試合後、飲食店でその一人(菊地凛子)は、見知らぬ男に性的挑発をする。スカートの間からノーパンの股間を見せるというものだ。 何故、そういう挑発をしなければならないのかが意味不明。 聾唖者として馬鹿にされたことの腹いせか? 彼女の父親(役所公司)は結構な高額所得者のようで、都心の見晴らしの良い超高級・高層マンションの31階に住んでいる。 母親は亡くなっているらしい。
LA・メキシコ 舞台は、また突然切り替わって、今度はメキシコ国境近いアメリカの街。両親が旅行に出かけ、子ども達(幼い兄妹)を乳母というか家政婦のようなメキシコ系らしき中年女性に預けている。 その父親(ブラッド・ピット)から家政婦に電話があり、母親が事故か何かにあったらしいことを示唆する。
交点 この全く無関係の話が、最後に一定の関連性を見せるのだが、何故かわざとらしい設定に思えた。 その関連性は、それぞれのステージで起こっている事態ないし事件を関連付けるものではなく、単にそれら事件の当事者間に多少の関わりがあるに過ぎない。 モロッコとアメリカには、一定の関連性を認められるが、それらと日本のつながりは、単に「猟銃」の出所という一点にすぎない。
聾唖 前評判(試写時に日本語に字幕が無いことが「聾唖者のことを考えていない」と、問題になった)から、聾唖者に対する激励のメッセージがあるのかと思ったが、露出狂気味の聾唖者役の菊地凛子が、脈絡無く突然全裸になって男(刑事)に迫るなど、却って冒涜することになっていないかと心配した。
私の評価 映画としての出来と、メッセージ性、ストーリー全てが理解し難いものであったと思う。
私の独断での採点:800円/(1800円) ファーストデイ・スペシャル価格の1000円に届かない。
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ミュンヘン へ |
【ザルツブルグにモーツァルトを訪ねて-5】
<8月16日>
早朝4:35起床。 4:55 朝食。 早朝ではあるが、コーヒーも含めて一通り用意されていた。 5:20 バス停に到着。 5:30定刻にバス発車。
僅か25分、5:55に空港に着き、6時にはチェックイン・カウンター前の列に並ぶ。 6:15にセキュリティチェックを受け、搭乗口へ。 EU圏内なので、外国へもパスポート・チェックなし。

外は、100m先も見えないほどの濃霧。 ゲートにとまっている機体も頭部のみしか見えない状況。 予定通りフライトできるのか? 出発予定は7:30なので、まだ1時間以上はあるから、この霧は消えるかも…
搭乗予定は、やはり30分ほど遅れて、7:40搭乗開始。 70人乗り位の小型機。 EMBAER170型。 7:50着席。 7:57ゲートを離れ、8:05離陸。 この頃の天候は晴れ。 機上からみると、周辺の森にはまだ深い霧が立ち込めているが、空港はスッキリ霧も晴れている。 離陸さへしてしまえば、雲に突っ込んでも平気なので、問題無し。 2時間20分のフライトで10:25ミュンヘン空港着陸。10:33ゲート着。 1時間の時差で現地時間9:33。
郊外電車Sバーンのチケット購入に若干手間取る。ガイドブックを見ながらではあるが、券売機の表示は当然ながら全部ドイツ語。 近郊一日券を8ユーロで購入。S8ラインに乗り込む。10:02ミュンヘン空港駅発。 私の着席したブロックにはスポーツ遠征中らしい若者たちが周囲を取り巻いて座っていた。 空港からきたようで、外国からの遠征組らしい。 トルコ航空と思われるタグが付いていた。 社内が少々暑かったので、ジャケットを脱ぎ荷物の横に置いたのだが…
(今回も私の覚書のような内容で、退屈させました。)
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ミュンヘン到着早々、オオドジ |
【ザルツブルグにモーツァルトを訪ねて-6】
2006年8月16日 10:38 車内でちょっと うとうとしていたが、空港から30分ほどのOstbanhof(東駅)についたようなので下車。 下車後、乗ってきた電車を見送って、写真を撮り終わったその時気がついた。

ジャケットを社内に置き忘れてきたことを…
そのうえ、そのジャケットにはパスポート、クレジットカード、現金(100ユーロ位)、免許証まで Most important things を、ご丁寧に入れていたのだ。 荷物を置き忘れたり、置き引きにあったりすることもあるからと、いつも身に付けている“筈”のジャケットに貴重品一式を入れておいたのが裏目に出た。
そこから、これを取り戻すまでの顛末は数回分もの長さになるので、ブログ上は簡単に留める。
欧州ではこういう大きい駅でも駅事務所がない。 切符売り場があったので、そこに書けこみ事態を英語で説明。 すると、ホームの端に係員詰所があるから、そこへ行けと。 確かに詰所はあった。
そこの係員に英語で説明。 役職者ではなく係員であるが英語は通じた。 説明すると車両の前方か後方か?左側か右側か?など状況を確認。 鉄道電話で、その時点で走っているであろう付近に連絡してくれている模様。 30分ほどで結果が解るはずだからちょっと待って、と親切な対応。
30分以上待ったが、結局、この場では見つからず、「遺失物の情報が集中するHauptbanhof(中央駅)へ行って問い合わせて見て」とのことで、中央駅へ。 相当あちこちうろうろして、遺失物係をようやく見つけ出し、問い合わせるが情報無し。
こういう場合は総領事館へ、とにかく連絡と思い、電話も面倒なので、タクシーで総領事館へ。
入り口ですれ違った日本人女性外交官(一見おばさん風)に尋ねると、「たった10分前に、郊外の警察から日本人のパスポートを預かっている、との連絡があったばかり」と言い、ちょっと待ってと言って、所轄の警察署の名称や私の名前やパスポート番号を書いた情報をプリントアウトしてくれた。
親切な対応であるが、その警察署まで送ってくれる訳ではなく、「自分で行って!」という対応。 私はどうにかなったが、旅慣れない人には「不親切な対応」と思ったかも知れない。 その郊外の町は、Sバーン【S8】沿線の駅であることが解った。
(次回に続く)
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パリ・オペラ座 歌舞伎公演 |
NHK教育TVでは、2007年5月4日深夜から5日未明に掛けて、 先日フランスはパリで行なわれた、
【パリ・オペラ座 歌舞伎公演】
の中継録画を放送しました。
演目は歌舞伎十八番から 「勧進帳」 「口上」 「紅葉狩り」 の3本でした。
 写真は【Opera national de Paris 】より
「勧進帳」 「勧進帳」は、多くの方が知っている演目で、舞台装置も地方(じかた:三味線と打楽器のオーケストラ)用の山台(ひな壇)と正面の松羽目と両脇の竹羽目のみというシンプルなもの。 この装置はオペラ座用の簡易型ではなく、「勧進帳」の『定式』で、日本と様式は同じ。
先だって、NHKでオペラ座での練習風景をやっていましたが、市川団十郎(父)は、最後の『飛び六方』を舞台上で演じ、息子の市川海老蔵は、オペラ座の客席の縦通路を花道代わりに行くことにしたそうであり、二通りの楽しみ方ができる訳です。
このTV中継は、父・団十郎の「飛び六方」の方で、舞台を上手(かみて:右側)から下手(しもて:左側)に向かって飛んでゆく訳です。 しかし、このイレギュラーの形の方が、聴衆からは見易く、また良く解るという感じでした。 日本でも博多座で見たことがありますが、3階席当たりになると、「飛び六方」の殆どは見えず、舞台から花道に進むともう見えないという状況でした。
オペラ座初演ですから、舞台上を横切った方が、殆どの観客から良く見えると言う点からも正解だったと思います。
「口上」 次の二幕目は、「口上」です。先のNHK番組でもフランス語を練習している模様を紹介していましたが、実際の口上を見て驚いてしまいました。 日本語の「口上」に、ひと言・ふた言フランス語を交えて笑いと共感を取る、というレベルではないのです。
逆に、最初のひと言を歌舞伎風に大迎に日本語で話した後は、「拙い発音ではございますがフランス語にて口上いたします」と、長~い口上を虎の巻(カンニングペーパー)を見るのでもなく、空で全部フランス語で通すのです。ホントびっくりしました。 発音は確かに拙いとは言えるでしょうが(私自身はフランス語検定4級でちょっと解る)、気持ちが入っていますからフランス人も理解に努めたことと思います。
さらに驚いたのは、座長の団十郎だけではなく、「口上」に列席した十数人の主役と準主役級の役者全員が長さはまちまちではありましたが、全員フランス語で自己紹介をするのです。 驚き倍増。 年配の役者さんもです。ちょっとつかえたりすると、聴衆から激励の喝采を浴びていました。 海老蔵や市川亀次郎(NHK風林火山で武田晴信役)ら若手は、さすがに発音も流暢で、殆どをフランスの聴衆が聞き取れたものと思います。
亀次郎は、ミュージカル「オペラ座の怪人」が好きだ!と言って大喝采。さらに、「シャンデリアが落ちてくるのではないかと心配している」と表情を交えてジョークも飛ばす余裕。これも大喝采を浴びていました。
「紅葉狩り」 三幕目の「紅葉狩り」は、いわゆる舞踊歌舞伎のようでした。 前半は・・・ しかし、後半になると状況がガラッと変わり妖怪ものに・・・ 私は、この「演題」は知っていましたが、どうも見るのは初めてのようでした。 妖怪ものとは知りませんでした。 そういう設定ですので、「勧進帳」が全く舞台転換がないのに比べて、背景の転換や、すっぽん迫りを使うなど歌舞伎風スペクタクルに富んだもので、なかなか良く考えたプログラム造りでした。
カーテンコール 歌舞伎では、殆どアンコール(カーテンコール)はありませんが、「オペラ座歌舞伎」では、ミュージカル風カーテンコールを何度もやっていました。(オペラのカーテンコールとはちょっと違います。ミュージカル風です。) 御存知の通り聴衆は、スタンディング・オーベーションで応えていました。
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関連リンク
NHK教育 劇場への招待 -パリ・オペラ座歌舞伎公演-
パリオペラ座での歌舞伎 パリオペラ座で歌舞伎 【現地レポ】歌舞伎・オペラ座へ
Opera national de Paris - Kabuki
団十郎さんら初日終える パリ・オペラ座歌舞伎
2007年パリ・オペラ座 大歌舞伎公演 製作発表
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ミュンヘン郊外の警察署へ |
【ザルツブルグにモーツァルトを訪ねて-7】
その警察署まで『行って帰って来る顛末』も長々とあるのだが、それは置いといて、ようやく郊外の警察署にたどり着くと、サインを2ヶ所するだけで、簡単に引き渡してくれた。 にこやかで親切な対応だった。 中身は現金も含め全て無事だった。 あのスポーツマン達が届けてくれたのであろうか?

と、言う訳でミュンヘンでの一日は、この途上の風景を見ただけで終わってしまい、当初計画の『美術館巡り』などはできなかったが、とんでもない失敗をやらかした強度のストレスと、反対に現地の人々の親切に触れるという、めったにできない経験ができた。
15:50ミュンヘン中央駅着。ザルツブルグ行き切符を購入。

16:22ザルツブルグ行き発車。 → 17:05 Rosenheim → 17:40 Traumstein → 18:00 Freilassing → 18:05 Salzburg

1時間40分あまりのEC列車の旅であった。
ザルツブルグ駅についたが、御覧のようなローカルな感じ。

駅のキオスクでザルツブルグ・カード(72時間)を購入。
ホテルは地図に拠れば駅の近くだが、方向が良くわからない。 駅のインフォメーションでホテルの書類を見せて問うと、「駅を出て左へ真直ぐ、歩いて10分」とのこと。 18:45ホテル前にようやく到着した。
ホテル前に着いたが、玄関のドアはロックされている。 ドイツ語で「本日満室」との表示が掛かっている。 こういう場合は国際ケイタイが要るなあ!と思う。
入り口の右の方に、おそらくこのホテル併設と思われるレストランがあり、そこは、開いていたので、状況によっては『夕食』を食べれば良いとばかり、そこに入った。 「ホテルは開いていないのか?」と英語で問うと、「予約はしているのか?」と尋ねるので、予約受付けメールのコピーを見せると、その場でキーを渡してくれた。 このキーは玄関の鍵も兼ねていると言う。 自分で開けて入れと言う訳だ。
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ザルツブルグ着 夕なずむミラベル宮 |
【ザルツブルグにモーツァルトを訪ねて-8】
 写真はミラベル宮の庭園と背後にホーフェン・ザルツブルグ城
2006年8月16日
ようやく午後7時に部屋に入る事ができた。 さすがに、置き忘れ事件と、駅から荷物を持ってのウォークで汗だく。 ほっとしたところで、シャワーを浴び、着替えて外出。
19:50頃、ホテルのすぐ近くのバス停からバスに乗車。 この時点では方向感覚は全く無い。 ミラベル宮殿方面に行くであろう番号のバスに乗った。乗車したところでザルツブルグ・カードに日時を自分で記入。(この手のカードはウィーンでもブダペストでも機械で刻印ではなく、自分で記入する)

そうこうしているうちに、すぐにミラベル宮殿近くらしきバス停に着いたので、下車。 よく見るとトロリーバスである。トラムに代わる電気モーターのバスによる交通機関だ。
20:00、ミラベル庭園に入る。 まだ明るい。

花壇がご自慢だそうで、装飾的に飾られている。ミラベル公演を裏側まで一巡。ミラベル宮殿は小さい(とはいってもウィーンのホーフブルグやシェーンブルンと比べての話で、小さいというのは語弊があるかも)。 観光客向けの宮殿コンサート(8時開演)の受付けはすでに終了しているようだ。 「演奏の優劣」はともかく、『大理石の間』でのコンサートの雰囲気を楽しむものだそうだ。

20:15 庭園の一画で、楽器を鳴らしている一団があるので、素人の路上パフォーマンスかと思いながらも、近くのベンチに座り様子をみる。 団員が三々五々集まり結構大人数になってきた。 20:25 音合せを終わった楽団が、何故か宮殿の裏の方に引き上げてしまう。????? 20:30 ホイッスルの音と伴に打楽器が打ち鳴らされ、さきほど退場した楽団が演奏しながら行進してきた。 この行進のために、一時退場した訳だ。

吹奏楽団の編成であるが、さすがに地元、ワーグナーチューバがユーフォニウムに代って使われている。 そこから1時間以上に亘る、マーチやポルカなどを中心に、モーツァルトやヨハン・シュトラウスのナンバーも交えた野外無料演奏会が続いた。

偶然この演奏会に出くわした私同様の聴衆がどんどん増えて行き、手拍子や掛け声などで大いに盛りあがっていった。 演奏の水準はそれほどではなかったが、時ならぬ演奏会に私も他の観衆もフィーバーし、何度もアンコールの声。 少なく見ても4曲はアンコールに応じていた。最後のほうでは聴衆も一緒に歌っていたから地元では有名な曲なのであろう。 21:45 野外コンサート終了。 これが、この旅行での最初のコンサートであり、印象的な演奏会であった。

ミラベル宮殿の一角と噴水がライトアップされていて良い雰囲気を創っていた。
歩いてホテルに帰る。バスではあっという間のように思えたが、歩くと7・8分かかった。 22:00ホテル着。 さっきのキーで自分で開けて入る。 シャワーをもう一度浴びた後、ホテル併設の先ほどのレストランで遅い夕食。チップ込みで20ユーロ払う。 翌日は久しぶりにゆっくり寝られそう。 12時前に就寝。 本日はこれまで。
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ザルツブルグの朝 |
【ザルツブルグにモーツァルトを訪ねて-9】
 写真はカラヤン広場のモニュメント「馬の脚洗い場」 ミュージカル「the Sound of Music」に出てきたという
2006年8月17日(木) 早朝
目覚ましもならないのに6時ごろ目が覚めた。 日本では午後1時頃。真昼だっ。
盆休みも終わり、今日から仕事にでているはずだ。 もう一度寝ようとしたが、今度は目覚ましが鳴ったりで、結局しっかり目が覚めてしまい、またシャワーを浴びて、7時前に早めの朝食。 パン、ハム・ソーセージ、チーズは各種あり豊富なメニュー。 ただ、サラダや卵料理はなかった。
部屋に戻り、荷物を全部出して詰なおし。 結構な分量の荷物だ。この二つのコンパクトなバッグによく入っていたものだ。 9:30チェックアウト。 係員がフロントデスクにおらず、まず捜しに行くところから始めなければならない。 荷物を全部持って、9:40トロリーバスNo.1にのり、Herbert von Karajan Platz (カラヤン広場)へ。 Herbert von Karajan とは、一世を風靡したザルツブルグ出身の指揮者・帝王カラヤン氏のこと。
後でわかったことだが、カラヤン広場に接してザルツブルグ祝祭劇場がある。
9:50 カラヤン広場に到着。
 (写真は祝祭劇場前広場からザルツブルグ城を見上げる)
祝祭劇場の係員にチケットセンターの場所を聞くと、親切に教えてくれ、すぐにわかった。 上の写真の「馬の脚洗い場」のモニュメントの左側を入り、背後の断崖を貫いているトンネルの手前とのこと。 すぐにわかった。 10:00 チケットセンターのオープンと同時に予約証を見せるとすぐに対応してくれ10:05には、予定の3公演のチケットゲット。
 (写真はザルツブルグ音楽祭メイン会場となる祝祭劇場)
ミラベル広場にトロリーバスで戻り、10:30にバス停近くのホテルに飛び込んだ。フロントで、ザルツブルグ市内とザルツカンマーグート観光バスのチケットを取ってもらえるかパンフレットを示しながら尋ねると、嫌な顔もせず、手続きしてくれる。バス会社に連絡を取り、チケットを発券。
普通、宿泊しているホテルで予約するのだが、宿泊者以外にも便宜を図ってくれることがわかった。 正午出発なので11:45頃にもう一度ロビーに来てください、との案内。
1時間あまりあるので、界隈をあるくことに。 絵葉書を買い、ミュンヘンの総領事館に昨日の御礼のはがきを書く。 近くの「ホルンマーク」の郵便局に入って窓口に出すと55セント(80円位)。郵政改革の時にドイツポストを参考にするという話しがあったが、この郵便局まるでコンビニ。この窓口に郵便を出して良いのか?という雰囲気だった。
後で解ったのだが、このホテルの目の前にモーツァルトの記念館があった。1時間なら観覧できたかも。
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ザルツブルグ市内観光 |
【ザルツブルグにモーツァルトを訪ねて-10】
日本語ガイド付きの観光バスでザルツブルグ市内観光 2006年8月17日 正午から
チケットを手配してくれたホテルは、その豪華な「ロビーで待っていて!」という寛容さ(このホテルに宿泊している訳ではない)。 ホテルの正面はモーツァルト住居跡のMuseum。
 (Mozart Wohn Haus)
11:45 迎えのマイクロバスが到着。ロビーまで迎えにきた。 12:00 予定通り日本人ツアー開始。 ガイドは矢花(やばな)さん(30代位の女性)。 長野県出身。 10年前からザルツブルグ在住のベテラン。 運転手は Richardさん。
ツアー参加者は5名。マイクロバスで出発。 前半1時間半は、市内観光だが、途中2ヶ所の下車だけで、いわゆる車窓観光が中心。 それでも市内の位置関係の一部が解って良かった。
ザルツブルグ祝祭大劇場は2700名収容という。 小ホールはリニューアルされたとのこと。 他にフェルゼンライトシューレと言う岩山を切り開いたホールがあるという。 祝祭大劇場とフェルザンライトシューレは、先ほどのチケットでコンサートを聴く予定のところ。
この祝祭劇場近辺には、3000台収容の地下駐車場があるという。 それでもコンサートがある時は収容できず、付近は大渋滞になるという。
 (祝祭劇場の一画)
丁度、祝祭劇場横を通過中、交通整理の警察官に呼び止められた。 助手席の矢花さんがシートベルトをしていないとの指摘。 運転手もしていなかったのだが、御当地では助手席の方が規制が厳しいようだ。
観光案内中につき徐行運転のさなかにである。 いつもなら注意だけで済むそうだが、この日は虫の居所が悪かったようで(矢花さんの言)きっちり罰金35ユーロ(5千円位)を払う羽目に。 「今日はタダ働きになった。会社は出してくれない」とのこと。
市内から少し郊外に出て、サウンド・オブ・ミュージックのロケ地を幾つか訪れた。
 レオポルツクロン城
 郊外の教会にて
(続く・・・)
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ザルツカンマーグート湖水の旅へ |
【ザルツブルグにモーツァルトを訪ねて-11】
 (写真はザンクト・ギルゲンからヴォルフガング湖の眺望)
午後2時から、後半のサウンド・オブ・ミュージックの舞台、ザルツ・カンマー・グートへの日本語ツアー。 参加者40名程度。大型バス使用。ガイドは引続き矢花さん。 運転手は、Cnristianさん。
ザルツとは英語ではソルト(Salt)すなわち「塩」。 ザルツ・カンマー・グートとは、ハプスブルグ家の「塩の御料地」と言う意味だそうだ。 太古の昔、海だったと言う。
もちろんザルツブルグとは「塩の町」という意味で、ザルツブルグは塩で儲けて大きくなった都市であるという。 紀元前(BC)5000年から集落ができ始め、裕福な生活をしていたという。 BC800年集落が繁栄・拡大。 BC500年、ケルト族が侵攻。支配。 現在のザルツブルグの街並みの形成は16C~17C(世紀)にかけてとのこと。
 ザンクト・ギルゲンに向かうバス車上から
ザルツブルグ近郊の保養地としてバード・イシュルが有名(らしい)。 (ミュージカル「エリザベート」で、姉のヘレネが若きオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフとのお見合いに家族連れで行くのが、このバード・イシュル。そして、親の期待に反し、フランツ・ヨーゼフは姉のヘレネではなく、妹のエリザベートを王妃に迎える。) バードは「温泉」の意味で、Bad と書くので、英語で見ると「悪い」という風になるので、看板に「Bad」とあれば、悪いではなく「温泉」と考えてください、とのことでした。 バード・イシュルとは「イシュル温泉」という意味。
 ザンクト・ギルゲン湖畔のモーツァルトの母の生家
この当たりの別荘は2階建て3階建ての2世帯住宅が中心で、代々受け継がれて行く。そして、改装も大きな改装も含めて自分たちでやるのが普通だそうだ。
丘を越え、牧場をわたりバスは行く・・・ 風光明媚とは、こういうことでしょうね。 午後3時 ヴォルフガング湖(Wolfgangsee)湖畔のザンクト・ギルゲン(St.Gilgen)に到着。
 ザンクト・ギルゲンの船着場
(続く・・・)
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ヴォルフガング湖 と St.Wolfgang |
【ザルツブルグにモーツァルトを訪ねて-12】
 (写真は、ヴォルフガング湖遊覧船上からの光景)
午後3時 ヴォルフガング湖(Wolfgangsee)湖畔のザンクト・ギルゲン(St.Gilgen)に到着。 15:15 船で湖上遊覧に出発。
ヨットリゾートのようで、あちこちにヨットが出ていた。
 湖水は澄み切っていると言う訳ではないが、まずまずのところ。
途中2ヶ所の波止場にとまり、午後4時、ザンクト・ヴォルフガング(St.Wolfgang)に到着。

欧州でのリゾート地として有名なこの湖のほとりに現地では超有名だと言う「白馬亭」がある。16:10その前でこの湖畔の街について簡単な説明。 この老舗にあやかり、周辺には「白鹿亭」「白熊亭」などこれを真似たホテル・レストランが並ぶ。
近くの教会の祭壇が有名だとの事で、中に入る

16:12-22 近くの教会を見学し、集合場所に帰ってきたが、誰も居ない。 ちょっと早く来すぎたか? そう言えば、集合時間を注意して聞いていなかった。
4時半になっても誰も来ない。 えっ! 置き去りにされたか? しかし、バスに戻れば荷物だけあって人が居ないことに気づくであろう。 しばらく待とう。
16:45 になっても矢花さんは迎えに来ない。 日本人客が通りかかったので、尋ねると別のバス会社のツアーとのこと。 そのツアーのガイド(日本人ではない)を紹介されたので、日本語と英語交じりで事情を説明すると、帰りは一緒に載せてあげる。 こういうことは良くあることでお互い様だという。 こちらのバス会社に携帯電話で連絡をとってもらったところ、それでOKだとのこと。
と言う訳で、16:55別の会社のツアーバスに同乗させてもらい、帰途に着く。 18:15ザルツブルグ着。 ミラベル庭園前で下車。 矢花さんが、『我が荷物』二つを抱えて降車口で、おで迎え。 「申し訳ありません」を連発。 「私は、午前中のツアーの時から肉迫して置いて行かれないようにしていたのに、なんで? バスの中で普通人数を数えるでしょう? 荷物も置いていたのに、隣の人も知らん顔?」と問うた。
彼女曰く「白馬亭前で数えたとき、ちゃんと人数が居たので出発しましたが、他のツアーの人を数えたみたいです。」とのこと。

そして、「お詫びにホテルまで送らせて頂きます。」と言い、タクシーを呼んだ。 タクシーが来たが、さすがに矢花さんがホテルまで同行してくれる訳ではなく、タクシー代金を出してくれるだけだった。
どちらにせよ、タクシーで帰るつもりだったので、助かった。 午後7時前ホテル着。
今夜と明日はホテル・ドライクロイツ(3本の十字架)。 シャワーを浴び着替えて、7時半コンサートに出掛ける。 開演は午後9時。
(続く・・・)
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ブレンデル ピアノ・リサイタル |
【ザルツブルグにモーツァルトを訪ねて-13】
 (写真は開演前のザルツブルグ祝祭劇場正面とザルツブルグ城遠景)
2006年8月17日、午後9時、 ALFRED BRENDEL (アルフレド・ブレンデル)ピアノリサイタル開演。
会場は、ザルツブルグ祝祭劇場・大劇場 (Grosses Festspielhaus)。 サイド・バルコニー席付き二層の劇場。 オペラハウス型なので、ピアノリサイタル向けではないが、プロセニアム(舞台額縁)に壁を降し(正面反射板という)、オーケストラピットを舞台面まで上昇させて、そこを演奏面としている。

従って、オペラや演劇で使われる通常の舞台面は、正面反射板の背後に隠れている訳である。 本日の市内観光では2700席と言っていたが、これはオケピットを客席にした状態でのことであろう。 しかし、それでも2500席くらいはあるはずだが、それほど大きなホールには見えなかった。
私の座席は日本からインターネットで予約したのだが、その時点では場所は不明の希少な残券だった。 案内されて座ったところは、ステージ上(すなわちオケピット上)の上手(かみて)側面反射板前であった。
 (この一番手前が私の座った席 ↑)
一昨年ウィーンのムジークフェラインザール(Musik Ferein Saal)のウィーン交響楽団のコンサートの時も下手(しもて)舞台上のティンパニの後ろであった。
ブレンデル氏はもういいお年ではあるが愛嬌のあるステージマナーで、曲の合間には客席の笑いを取っているようであった。 あいにく言葉がわからないので、意味不明ではあったが。 プログラム(3.5ユーロ)のドイツ語の解説に寄れば、彼の国際的デビューは1949年にブゾーニ国際コンクールでの優勝によるという。
 (写真は休憩時間に調律中の調律師)
【本日の演奏曲目は】 ハイドン:ピアノソナタ ニ長調 シューベルト:ピアノ・ソナタ ト長調 休憩後 モーツァルト:幻想曲 ハ短調(ケッフェル475) モーツァルト:ロンド イ短調(ケッフェル511) ハイドン:ピアノソナタ ハ長調
である。
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眉山 |
「娘だから、聞けなかった。 母だから、言えなかった。
そして、今私は 母の想いにたどり着く。」 この映画のキャッチ・コピーです。
原作は、さだまさし。

舞台は、徳島。 背景は、眉山。
底流は、阿波踊り。 主題は、母の愛。
スパイダーマン3など、賑やかな映画が世の中を席捲している中で、静かな映画です。 阿波踊りのシーンを除いては・・・
いわゆる、メッセージ映画でもなく、エンターテイメントとも言えず、ひたすら母・娘の確執と情愛、父探しと再会など肉親との関係を中心に物語りは展開します。
淡々とした進行です。 宮本信子の演技力に支えられた映画とも言えるでしょう。
この手の映画をお好みではない方には、ちょっと退屈するかも知れません。 私は、不覚にも、娘が捜している父を見つけ出す『肝心なシーン』で居眠ってしまい、父捜しで歩き回っているところの次のシーンは、見つけ出した父と再び別れるという、中抜きの繋がりとなってしまいました。
最終盤の阿波踊りのシーンは、結構ディティールに至るまで描いていました。このシーンだけが唯一活きいきとした躍動を見せてくれます。
私的独断の評価は、¥1500/1800 というところでしょうか?
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客船 Duolos 福岡寄港 |
世界中に「良書」を普及すべく航海をしている、客船『Doulos』が福岡埠頭に寄港しているというニュースを先日やっていたので、今日(2007年5月13日)行ってみた。

今日は、朝から西戸崎の「クレイン福岡」に乗馬に行き、そのすぐ横から出ている福岡市営渡船で、博多埠頭まで往復することにした。
クレインでは、朝の内に「4級練習会」をハココウ・グレートに乗り、午後は「初級馬場」をパワー・ホルダーに乗って2鞍乗馬した。
 (写真は、パワー・ホルダー君)
その後、西戸崎桟橋から福岡埠頭まで15分乗船。

恰好の天候で、景色も抜群。 ももち海岸の、福岡ヤフードーム、福岡タワーなどが一望できた。

福岡埠頭の桟橋の係員に聞くと、ここから客船Doulosが係留されている桟橋までは、歩いて20分ほどかかると言う。 地元ながら、この岸壁を歩くのは初めてで、歩いてみるといろいろと発見があった。
15分ほどで、目的地に着いたが、乗船待ちの長い列が繋がっていた。その長い列の人びとの気を紛らせるために、アルペンホルンの演奏や、着ぐるみ、民族衣装の女性などが相手をしてくれていた。
 (この後ろにも100m近い列が続いている)
ダメ元で並んでみる。帰りの船の便が決まっているので、正味1時間半しかない。
長い列だったので、1時間ほども待つかと思ったが、実際には25分ほどで乗船の順番となった。

この船は、現役では世界最長老の客船ということで、ギネスブックにも登録されているという。
中は、一部の公開で、中心は書店だった。日本語の本のコーナーもあったが、殆どがキリスト教に関する本(子ども向けが中心)であった。

価格の単位は、ドルでもユーロでもなく、この船共通単位のunit。 これを世界中で使っているらしく、日本円とのレートを掲示してあった。それによると100unit=300JPYであった。 本の販売価格は極めてリーズナブルなものであった。 レジ待ちも又、長々と繋がっていたので、買うのをあきらめた。
30分ほどで、船を降り、再び博多埠頭までゆっくり歩いたが、時間に余裕があった。
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市営渡船志賀島ラインの「きんいん1号~3号」までの写真を撮ることができた。



西戸崎に到着直前、マリン・ワールド水族館と海ノ中道海浜ホテルをクリアに見えた。

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ALFRED BRENDEL Piano Recital |
【ザルツブルグにモーツァルトを訪ねて-14】

本日の演奏曲目は、 ハイドン:ピアノソナタ ニ長調 シューベルト:ピアノ・ソナタ ト長調
休憩後 モーツァルト:幻想曲 ハ短調(ケッフェル475) モーツァルト:ロンド イ短調(ケッフェル511) ハイドン:ピアノソナタ ハ長調 であった。 (ここまで、前回の続き) ************************
2006年8月17日 午後9時、私にとって初の「ザルツブルグ音楽祭」公式演目、 ALFRED BRENDEL(アルフレド・ブレンデル)氏のピアノリサイタルが始まった。
それぞれの曲目解説と感想を書いていると、また数回分を要するので、音楽愛好者の皆様には物足らないとは思うが、全体としての印象に留める。
ブレンデル氏をご存知の方は、ご理解いただけると思うが、その見た目の印象とは全く違う繊細な演奏であり、美しすぎるという感覚。 
ハイドンはもとより、シューベルトの楽曲は、その旋律の美しさもあいまって天上の美しさで、ついつい睡魔に襲われる(日本時間:午前4時)。 まあ、睡魔が誘うのも無理のない話。
それでも、どうにか眠り込むことはなく、美しい旋律に酔いしれることができた。
 (休憩時間中に調律中)
後半はモーツァルトとハイドン。さすがにモーツァルトは胎教や癒し用のプログラムがCDで発売されているだけあって、母の羊水に浮かぶ雰囲気か(それを覚えているはずはないのだが・・・) とにかく、至福のときであった。

23:10 終演。 ブレンデルさんについて詳細は、ここをクリック
バス停で24時近くまで待ったが、来るはずのバスが来ず、結局ホテルまで歩き。 深夜のザルツブルグ市内を20分ほどWalking、24:15ホテル着。
ホテルのフロントの女性が、夕方このホテルに到着した時に、地理的案内を詳しくしてくれていたので、帰る方角の見当が着いたのでよかった。 地図だけでは、よくわからなかったり、迷ったりしていたことだろう。
 ザルツアッハ川に掛かる小橋
徒歩30分ほどで、ホテルに着いた。 このホテル「ドライ・クロイツ (3本の十字架)」は昨日のペンションとは違って、湯舟があったので、お湯を張ってゆったりと入浴し、残り湯で洗濯。シャワーですすぎ。備え付けのハンガーに干す。
そう言えば、晩飯を食べていなかったので、ホテルへの帰路の果物屋で買った、リンゴ一個とビールを飲んで寝る。 25:30就寝。
明日は、緊急の日程もないので、8時から9時頃にゆっくり起床しようっと!
(続く・・・)
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「モーツァルトの住居」跡の博物館 |
【ザルツブルグにモーツァルトを訪ねて-15】
 (写真は、Mozart Wohnhaus 「住居跡博物館」)
8月18日(金)
9時前まで寝ているつもりが、目覚ましもならないのに(時差もあるのに)7時前に目が覚める。 5時間ちょっとしか寝ていないことに。 もう一度寝ようと試みるが無理。 7:30にベッどから出てシャワーを浴び、髭をそる。
8時に朝食。ビュッフェ形式。  昨日とは異なり、卵料理やトマト・キュウリ・スイカなどサラダ・果物も豊富。チーズ・ハム類は相変わらず豊富。 フリードリンクのジュースも5種類。 もちろんコーヒー・紅茶各種・緑茶など。
予定より早く、9時前ホテルを出て最寄のトロリー・バス停 (Grillparzerstrase)へ。 ところが雲行きが怪しい。 バス停から、折りたたみ傘を取りにホテルに戻る。
 宿泊したホテル・ドライクロイツ(Drei Kreuz ;三本の十字架)
再びバス停に行く途上で早速ポツポツと落ちてきた。 バス停に着くと間も無く、定刻(9:31)にトロリーバスが来た。
ザルツブルグ・カードを運転手に見せて乗車。 見せなくとも乗れるのだが・・・。 乗車後しばらくすると、乗客の一人のおばさんが、車内を回り始めた。 そして身分証(IDカード)を示しながら一人づつ乗車券を確認。 『鬼の検札』である。 この旅行で初めて出くわした。
9:40 一昨日も昨日も行ったミラベル宮殿前(Makarplatz)着。 同じ広場の一画に留まるのだが、路線や停留所の位置によって、MirabelだったりMakarplatzだったりTheaterkasseだったりする。 いわば、博多駅前の停留所の位置ごとに名前が違うという感じ。 最初は戸惑ったが・・・
9:45 ミラベル宮殿前の 「モーツァルトの住居」跡の博物館(Mozart Wohnhaus)見学。 
日本語イヤフォンガイド付き。 ザルツブルグ・カードで入場料無料。(イヤフォンガイド使用料金も無料) この、イヤフォンガイドを全部聞きながら廻ると2時間くらい掛かるのではないだろうか? 適当に飛ばしながら巡回する。 来場者はそれほど多くなく、見学にはよい環境である。
写真は禁止。 展示は博物館らしく淡々とした内容であったが、多くの貴重な資料が展示されていた。 ここで、1時間半モーツァルトの足跡をたどる。
その後、ザルツブルグ旧市街地に移動。 モーツァルト小橋を亘るとすぐにたどり着ける。
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「モーツァルトの生家」博物館 |
【ザルツブルグにモーツァルトを訪ねて-16】
「モーツァルトの住居」跡の博物館(Mozart Wohnhaus)見学後、ザルツブルグ旧市街地に移動。
モーツァルト小橋を亘るとすぐにたどり着ける。
こちらにも観光客が多数訪れる「モーツァルトの生家」博物館 (Mozarts Geburtshaus)がある。 こちらもザルツブルグ・カードで入場料無料。
 (写真は観光客向け「モーツァルトの生家」博物館)
こちらの展示は、相当“洗練”というか観光化されている。 モーツァルト・オタクから子どもまで楽しめるように仕掛けがしてあるテーマパーク方式。いわゆる商業化された施設だった。
観光スポットの賑わいで子ども達も多く、落ち着いて見る雰囲気ではない。 20分ほど早々にそこを退去。
12:10から大聖堂を10分ほど見学。


12:20祝祭大劇場の売店で、いわゆるバックステージツアーのチケットを購入。 これもザルツブルグ・カードで無料。
デジカメのXDカードの容量不足警告が出る。 予備カードはホテルに! あわててホテルまで取りに帰る。13:10 祝祭劇場のある Herbert von Karajan Platz に戻れた。
13:30-50 再び大聖堂と周辺を見学。

午後2時、祝祭大劇場ガイドツアー参加。
14:05-45 大劇場内を主として客席から見学。 ドイツ語での解説の後英語で補足。 それによると、今年はモーツァルトのオペラ全てを上演するので、それだけでも22公演ある。 通常のシーズンでは、オペラは6-7本なので、今年は3倍の公演演目で大変だとのこと。
ホールの大きさや、上手・下手のスペースや後ろ舞台の構造、迫やピットの深さ、フライズの高さなど、通常のバックステージツアーと同様の説明をしていた。残念ながら記録ができる状況ではなかったので、一部ビデオに収録した。
舞台上では、本日の公演の仕込が行なわれていたが、写真はOKだったので数枚取った。しかし、暗くてブレテしまって写りは悪い。

この舞台を見て、昨日のピアノリサイタルが舞台を使わず、客席の一部(オケピット)を使っていたことが明確になった。
そこを出た後、米国のザルツブルグ・パビリオン(広場に仮設)で行われた講演会に出席。飛び入り歓迎とのことで、討論セッションを聞いた。 講演者と司会者が、パラフレーズごとに質疑応答するという形式の米国のTV番組でよくやっている方式。(もちろん英語での討論) モーツァルトは言うに及ばず、ザルツブルグのオーケストラや各地のオーケストラサウンドのこと、マーラーのこと、果ては新ウィーン楽派(シェーンベルク、ベルク、ウェーベルン)の話にまで及んでいた。 極めてマニアックな話のようなので、多くの一般参加者に理解されていたかどうか? ひとしきり二人での討論が終了後、フロアからの質疑応答が始まった。 そこでは、一人の老紳士がちょっと筋違いな感じの質問と言うか意見表明を行ないだした。 いかにも自らの知識をひけらかすという質疑だったので、私はその場を退席した。
(続く・・・)
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モーツァルト広場のMozart像 |
【ザルツブルグにモーツァルトを訪ねて-17】
 (写真は、モーツァルト広場のMozart像。 その奥は「Viva! Mozart 2006」会場)
16:00 モーツァルト広場で写真撮影。

レジデンス(王宮)の博物館で、 「Viva! Mozart 2006」 という展示会をやっていると案内があったので、今度はそれを見学。

今日3回目のモーツァルトMuseum見学である。
結構考えられた充実した構成となっていて、子どもから専門家まで勉強になるように展示されている。 先ほどの、モーツァルト生家のような観光テーマパーク型ではなく、学術的博物館と言う感じである。 この展示は、モーツァルト生誕250周年の今年限りの企画展のようである。

6時前まで見学。
祝祭劇場の横をやや奥まったところまで進むと、ケーブルカーの乗車口に着いた。
このケーブルカーは、丘の上のお城ホーフェン・ザルツブルグ城へ行くものだ。

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ホーエン・ザルツブルグ城 |
【ザルツブルグにモーツァルトを訪ねて-18】
祝祭劇場の横をやや奥まったところまで進むと、ケーブルカーの乗車口に着いた。

このケーブルカーは、丘の上のお城ホーエン・ザルツブルグ城(Festung Hohensailburg)へ行くものだ。 乗客が列を作って待っていたが、それほどの待ち時間ではなかった。 18:08乗車。僅か1分で到着。これもザルツブルグ・カードで無料。
上に上がると、当然ではあるが、ザルツブルグの街並みを一望できる。
 こちらは、大聖堂越しに蛇行するザルツァッハ(Salzach)川を望む
 カメラを少し左に振ると、ザルツブルグ祝祭大劇場と開場を待つ観客の列が見えた。
18:10-45 城内を見学。 往時をしのばせる大砲や武器などが展示してあった。武器・武具の展示は今世紀に至るものまでが揃っており、軍事博物館の感もある。
また、サロンコンサート会場もあり、内装は当時の状況を髣髴とさせる古いイメージを残していた。天井は金の星が散りばめられた紺色の装飾である。 
ホーエン・ザルツブルグ城は下から見ると断崖に立つ城塞そのものだが、上がってみると極めて観光化されており、展望レストランやカフェやお土産やさんが並んであり、「どこも同じ傾向だなぁ」と思ってしまった。
 先ほどと反対側の展望所では、サウンド・オブ・ミュージックの舞台ともなった、 ザルツカンマーグートの山並みと田園風景
18:48発の下りに乗り、早々にお城を退去。
麓のビアレストラン「Stiegel」で、夕食。 Winer Schnitzel とコーヒーで20ユーロ。 安くはない。 このメニューは、この店の看板のようで、メニューにもTOPに記してあった。 店の名前がビールの銘柄であることからも、ここはビアレストランなのだが、今からオペラ観劇なので、やむなくアルコール分は避けた。
(続く・・・)
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藤山直美 「桂 春団治」 沢田研二 |
博多座5月公演「桂 春団治」を2007年5月19日午前11時から見た。

主人公の桂春団治には、沢田研二。 今や、タイガースのジュリーの面影は無く、立派な役者それも喜劇役者である。
藤山寛美の娘である直美が2番目の妻で唯一春団治の血を引く子どもを設ける役柄。
正式の妻が3人で、全てが今で言えば不倫で前妻が去ってゆくのであるが、「色事も 芸の肥やし」という奔放な性格の春団治と別れた後も心から憎んでいる訳では無く、 春団治がお金に困っているときは協力して資金を援助するという特殊な関係である。

藤山直美 と 沢田研二 の掛け合いは絶妙で客席の爆笑を引き出していた。
メイキング・ビデオをテレビでやっていたが、アドリブも毎回あるそうだが、 それは取って付けたようなものではなく、そのシチュエーションで自然に出てくる 役柄の本人としての言葉であるという。
沢田研二のギャグやアドリブも板に付いた“本物”であるらしい。
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モーツァルトの初期のオペラ「Betulia Liberata」 |
【ザルツブルグにモーツァルトを訪ねて-19】
午後8時から、祝祭大劇場に隣接する、フェルゼンライトシューレ(Felsenreitschule)で、モーツァルトの初期のオペラ「Betulia Liberata」を観る。
このホールは、ミュージカル映画「サウンド・オブ・ミュージック」(The Sound of Music) の中で、最終場面での音楽コンテストが行なわれる会場である。このホールの雰囲気をお知りになりたい方は、「サウンド・オブ・ミュージック」の最後の数十分を御覧ください。
会場の入り口をはいると、広いスペースと高い天井のエントランス・ホールがある。その昔乗馬学校があったところらしい。

この劇場は背後の岩山を切り開いて作ったというだけに壁や床は岩肌そのまま。舞台の背後も岩山を切り拓き、古代の神殿のようなつくりにしている。正面には、バルコニー状の構築物を配してあった。 舞台は、その岩肌の上に木造らしき造作で作ってある。客席床面は、前の方は岩肌そのままであり、後方の結構勾配のある客席段床は木造で作ってある。客席には結構な傾斜がついていて、見やすい。私の席は上手前方のほうであった。

さて、そのモーツァルトの初期のオペラ「Betulia Liberata」の開演が近づいた。 オーケストラと合唱団が入場。 オーケストラのチューニングが始まるのに前後して、近くの大聖堂の鐘が鳴り始め、その音が場内にまで響いてくる。その鐘の音2・3回ではなく、結構長く続いている。 そして、鐘の音が余韻となって響く頃、ソリストと指揮者が入場。心憎い演出。 午後8時過ぎ演奏が始まった。

演奏はミュンヘン・カンマー・オーケストラ、合唱はウィーン・スターツオーパー(国立歌劇場)合唱団、指揮はクリストフ・ポッペン。 いわゆる演奏会式オペラである(ソリストも合唱もオラトリオの演奏会のような感じで、演技なし)。
言語はイタリア語。 Mozartのオペラは殆どイタリア語で、当時はドイツ・オーストリアでも音楽分野ではイタリア語が公式言語であり、ドイツ語での上演は格が低いとされていた。
映画「アマデウス」では、モーツァルトがドイツ語での上演を企画した際に宮廷音楽家の総スカンを食うところを描いている。 日本のオペラ界が、いまだに原語上演に拘って(日本語上演は格下だと考えているようだ)、字幕を見ながら聴くと言う、音楽に集中できない本末転倒の環境を良しとしていることを、モーツァルトが見たらどう思うであろうか?
なお、モーツァルトがドイツ語オペラを上演したのは、「魔笛」など彼にとっては晩年のことである。 (つづく)
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「Betulia Liberata」を観る |
【ザルツブルグにモーツァルトを訪ねて-20】
 (フェルゼンライトシューレ劇場の客席)
さて、再び「Betulia Liberata」に戻ろう。
ケッフェル118であるから、モーツァルトにとっては初期の作品。 言語がイタリア語、パンフレットの逐語翻訳はドイツ語と言う訳で、内容はさっぱり解らなかった。
ただ、パンフレットには、あらすじが英語で書いてあったので、それを少し紹介すると、早い話が、 オロフェルネが率いるアッシリアの軍隊に占領され、病苦に悩まされているBetuliaという都市に自由(Liberata)をもたらす、イスラエルの巫女アミタルとBetuliaの司祭オツィアの話、と言うところか?(あまり早い話ではなかったが) ストーリーを御存知の方はコメントしてください。(もしかして、とんでもない誤訳をしているかも知れません)
音楽的には、たとえばバッハのオラトリオ「マタイ受難曲」のように、ソリストがストーリーを語り、通奏低音(チェンバロ)がブリッジ音楽的に短くつなぎ、コーラスが受けるという、終始定型的な進め方であり、オペラというよりそれこそ「オラトリオ」のような雰囲気であった。
なお、バッハはオペラを書かなかったが、「マタイ受難曲」などは、評論家の中には「オペラそのものである」という見解もあるようだ。キリストの受難の明確なストーリーを複数の登場人物が演じるのであるから。
解説パンフの英文によると、最初は14才のとき(1771年)にオラトリオとして「Betulia Liberata」を作曲したことが手紙に3回に亘って触れられているという。 そして1784年にウィーン音楽協会の依頼を受けて旧作の掘り起こしを行なって、オペラ化したということらしい。
「オラトリオみたいな感じである」のは、間違いではなかった。
 (休憩時間中の舞台)
有名なモーツァルトの後期のオペラとは全く異なるものであった。 途中一回の休憩を取り、午後11時終了。
昨日、長らくバスを待たされた挙句、歩いて帰ったことを“教訓に”この日は、会場を出てそのままホテル・ドライクロイツまで歩いた。
(続く・・・)
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モーツァルテウム |
【ザルツブルグにモーツァルトを訪ねて-21】
8月19日ザルツブルグ最終日
昨夜も日が替わってから寝たが、朝6時半に目覚めてしまった。 もう一眠りすることにし、7時半までうとうとしていた。
7時半起床。7:45朝食をとりにレストランに行くと、まだ人の出足が少ない。 
8時過ぎくらいから朝食に来る人がどっと増えてきて、座席はほぼ埋まる状況。 メニューは昨日と同じ。
朝食後荷物のチェックと再梱包。 バッグの中身を全部出してみると結構分量が多い。 さあ、どうやって詰め込み直すか? とりあえず、この旅行で今後使いそうも無いものから下に詰め込む。 随分時間がかかり、ようやく9時半ころ Re-package終了。
大きな荷物(と言っても手提げバッグであり、トランクではない)をホテル地下にあるとランク・ルームに預け、ザックのみ担いで出かける。 今日はモーツァルテウムでのマチネ・コンサートに行く。
9:45ホテル出発。 9:51のトロリーバスに乗車。 いつものミラベル広場前(Makarplatz)で下車。モーツァルト住居跡Museumの方向に歩いていると、近くの教会の10時の鐘が鳴る。 いい雰囲気。
 昨日行った、モーツァルト住居跡Museumの係員に「Mozarteum」コンサートホールの場所を聞くと、すぐ近くだとのこと。
「Mozarteum GroserSaal」モーツァルテウム・コンサートホールで 午前11時からMozart Matinee Koncert がある。
会場に正面らしき所に着いたが、華やかさは全く無い。しかし、そこは

モーツァルテウム音楽院の入り口でした。

そのすぐ左に会場の入り口があったが、そこも同様の古びたたたずまい。

ホワイエも何と言うことはない、日本の古い公会堂のホワイエという雰囲気。

(つづく)
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Mozart Matinee |
【ザルツブルグにモーツァルトを訪ねて-22】
「Mozarteum Koncerthaus」モーツァルテウム・コンサートホールでの Mozart Matinee Koncert のつづき・・・

しかし、開場時間となり、中に入ると外側とは全く異なるきらびやかな造り。ついさっき改装したばかりという感じです。
演奏は、ザルツブルグ・モーツァルテウム・オーケストラというから、座付きオケ(冠オケともいう)というところ。 本場中の本場の演奏と言う訳だ。
指揮者はエストニア(旧ソ連の一部)出身の女性指揮者 Anu Tali。

1曲目はモーツァルトの「セレナーデ」 各2本のホルンと小管弦楽(バンダと言う)が舞台上手(客席からみて右側)・下手、そして客席2階前方の上手・下手の4箇所に分かれて掛け合い(エコー)を行なうと言う珍しいそして美しい室内楽曲。 当時のホルンはキー(バルブ)のないナチュラルホルンであるが、その自然倍音だけで出る音を駆使したホルンの腕の見せ所満杯の曲である。 ホルンが次々とバンダを渡って掛け合いをするので、エコー効果抜群であった。後で公演パンフを読んで、これが愛称「エコー・セレナーデ」というのを知り「なるほど」と思った次第。 もちろん初聴きであったが、解り易い美しい曲でした。
(続く・・・)
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モーツァルト・マチネー |
【ザルツブルグにモーツァルトを訪ねて-23】
 (モーツァルテウム正面の立派なパイプオルガン) (ここは、2006年12月12日に書いた文章ですので御了承願います) ****************************** 昨日12月11日、午後9時からの「のだめカンタービレ」も、面白かったし、音楽もショパンの練習曲やシューベルトのピアノ曲など、野田恵がコンクールで弾く曲を相当長く引用していて、堪能した。 千秋真一の飛行機恐怖症のトラウマと、それを解消させようとする、のだめの(先週からつづく)献身が描かれていた。 賞金目当てのコンクールへの出場も、千秋真一を欧州に留学させる費用にという「金色夜叉」みたいな展開。 奇想天外で面白く音楽ファンが見てもなかなかの新機軸のドラマである。
その後10時からは、チャンネル変わってNHKで、山本耕史がモーツァルトを訪ねる旅を1時間半に亘ってやっていた。 山本耕史は「毎日モーツァルト」という番組の案内役(ナビゲーター)をやってきたと言う。 ここで紹介されたモーツァルトゆかりの場所は、この3年間に私が旅したところが殆どであった。もちろん、行っていないところも紹介されていたが。 しかし、さすがNHKとあって、一般観光客が入れない特別な場所にも入り込んで撮影していた。 ******************************
さて、私の「ザルツブルグにモーツァルトを訪ねて」は、 Mozart Matinee Koncert(お昼のモーツァルト演奏会)のつづき。
 (休憩中の写真です)
2曲目は現代音楽。指揮者は大きな譜面台に楽譜を広げていた。
1974年生まれというから、まだ30歳そこそこのラインハルト・フーフスという若手作曲家の2006年(今年!)できたてホヤホヤの作品。おそらく世界初演(で最後だったりして・・・)。
オケはモーツァルト専門のザルツブルグの広告塔的楽団かと思っていたが、この現代曲を良くこなして見事な演奏を行なってました(失礼しました。) 現代音楽にしては、比較的解り易い音楽でした。 最近の日本の若手の現代音楽は、“独りよがりが一人歩き”をしているような、聴く人の気持ちを全く無視している曲が多いが(たとえば、FM放送で聴いた日本音楽コンクール・作曲部門へのエントリー曲など)、フーフスのこの曲は現代音楽らしい斬新性も持ち合わせながら、全体として納得のゆく曲でした。
ここで、第一ステージ終了。
第二ステージは、ソプラノとオーケストラによる、モーツァルトのオペラナンバー。 ソプラノはポーランド人のアレキサンドラ・クルツァーク。 いわゆる、おなじみの聞かせどころのあるアリアメドレーという感じで、先ほどの現代音楽のように構えて聴くこともなく、気軽なマチネ・コンサートという本来の雰囲気です。
 (ちょっと手振れで見にくいですが、第2ステージのアンコール時)
第三ステージは、次回のお楽しみに! (つづく)
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Mozart Matinee Koncert |
【ザルツブルグにモーツァルトを訪ねて-24】
「Mozarteum Koncerthaus」モーツァルテウム・コンサートホールでの Mozart Matinee Koncert のつづき・・・
 (第3ステージ前のチューニング風景)
第三ステージは、モーツァルトの交響曲ハ長調。
特に目新しいところの無いオーソドックスな上々の演奏。
熱狂的なアンコールの拍手に何度か応えて指揮者アニュ・タリ嬢はステージに戻ってきたが、「今から帰って飲んで寝る」というユーモアあふれたジェスチャーをしたので、場内爆笑となり、アンコール曲無しで終わった。

こういうユーモアもマチネ・コンサートならでは、というところでしょうか? お昼の1時半頃終了。
モーツァルト小橋を亘り旧市街へ。 日陰の Café Tomasalli で昼食。Stiegl Bier とオムレツを食す。

デジカメのメディア容量がちょっと不足気味なので、写真データを整理し、映りの悪いデータを削除。 「下手な鉄砲も・・・」の方なので、結構削除できるデータもあった。 午後2時そこから移動。 レジデンツ(大司教邸宅跡)へ (続く・・・)
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宝塚歌劇・月組公演 「ダル・レークの恋」 |
 彩乃かなみ(左)と瀬奈じゅん
宝塚の“地方巡業”(公式名称;全国ツアー)を福岡で見た。
先だって月組のTOPになった、瀬奈じゅんの地方お披露目公演。 演目は「ダル・レークの恋」 舞台はインドとパリ。 時代はおそらく1950年代。【ホームページにも公演パンフにも時代設定は書いていないが、ビートルみたいな自動車(もちろん、実物ではなく大道具であるが)やピストルが登場するので、古代の話ではなく近・現代物。戦争の影もないので、第二次大戦後と推察)】 菊田一夫原作で1959年初演と言うから50年前のミュージカルのリメイクらしい。 初演の主役は春日野八千代というから時代を感じさせる。 春日野さんは、相撲ではないが、今も宝塚の理事として御健在で、式典などでは舞を披露している。 最近では宝塚90周年の式典のビデオで「舞」を見た。
また「ダル・レークの恋」は、10年前の1997年には、麻路さき主演でリメークされたらしい。
今回の月組公演は、2回目のリメークらしい。
月組「エリザベート」で、男役なのにエリザベート妃を演じて成功させた瀬奈じゅんが、今度は男に戻って演じている。 TOPになって顔も引き締まった感じで、いい顔になっていた。
演目の粗筋や配役などの概要は、ここをクリック。
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福岡には、続いて8月1日~23日まで、博多座での 星組公演が来る。 トウコこと安蘭けいのTOPお披露目公演である。 演目は、 ミュージカル 『シークレット・ハンター』-この世で、俺に盗めぬものはない- ロマンチック・レビュー 『ネオ・ダンディズム!II』-男の美学- 星組・博多座公演は、ここをクリック
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マダム・バタフライ |
今日(2007年5月27日)午後2時過ぎに車で市民プールに向かおうと、カーラジオを付けると、聞きなれた?音楽が流れていた。 クラッシク音楽なのに、何故か日本風のメロディ。
そう、プッチーニのオペラ「蝶々夫人」 まだ、始まったばかりのようだ。

しかし、毎週一回の健康維持の水泳で、今から1000m泳がなくてはならない。 残念ながら、一幕の途中でプールへ。
プールでは、夏の気候に引かれて、これまでと比べて多くのこども達が来ていた。 大人の遊泳者も増えている。 結果水は相当汚れている。視界10m程度。
で、1000m泳ぐのはやめて800mで出てきた。 入場から退場まで、1時間半ほど経っていた。
出てきて車に戻ると、「蝶々夫人」が続いていた。 最終幕のクライマックスのところのようだ。プッチーニの見事なオーケストレイションが日本調のメロディをイタリアオペラに織り込んでゆく。越後獅子、さくら、君が代、などなど。
FMなので、出演者が見える訳ではないが、歌手はみんな達者。 外国での本場オペラの収録か、来日引越し公演か、新国立劇場の外人を起用した舞台か・・・ この声量と技量は、失礼ながら日本人には無理。
30分ほどで、演奏が終わり、出演者を紹介した。
そこで、大いなる驚き、ソリストは全て日本人。歌劇団は二期会。演奏は東京フィル。 唯一指揮者が、外国人だった。 出演: 蝶々さん…木下美穂子 ピンカートン…福井敬 スズキ…永井和子 シャープレス…直野資 ほか 管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団 合唱:二期会合唱団 指揮:ロベルト・リッツィ・ブリニョーリ 演出:栗山昌良
日本人も水準も国際的になったということを実感した。 劇場で見ると、少々難があっても感動を得る場合があるが、音だけをラジオで聴くと粗が目立つものだ。 しかし、そういう所は全く無い立派な演奏と歌唱であったと思う。

今や、ウィーンやメトロポリタンで活躍する日本人歌手も続出しているのもうなずけた。
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関連ブログ オペラの散歩道 舞ナビ 劇場へ行こう Thertrix 木下美穂子(蝶々夫人)のページ 蝶々夫人(Madama Butterfly)
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レジデンツ(大司教邸宅) |
【ザルツブルグにモーツァルトを訪ねて-25】
ザルツブルグは大司教が住んでいた街。ミュージカル「モーツァルト!」では、その大司教に翻弄されるモーツァルトを描いている。レジデンツはその大司教の住居。 14:15 ~ 15:00 レジデンツを見学。 ウィーンのハプスブルグ家のレジデンツやシェーンブルン宮殿とは比較にはならないが、同様の展示を行なっている。

その後、レジデンツ併設の近代美術館を見学。 ザルツブルグ出身の画家や、ザルツブルグが画題になった絵画を展示してある。私ども素人の知っている画家は居なかった。 また、それほど名画と思えないような絵もザルツブルグがテーマということで展示されているように見えた(と、素人が言ってはいけないが・・・) 他に伝統的宗教画など。
さらにそれに併設して開催されていた、現代画家の「眠り」をテーマにした特別展を見学。 可愛い赤ちゃんの眠りから、ちょっとグロテスクな眠りまで様々な角度から眠りを捉えたユニークな展示会であった。 午後4時退出。

隣のドーム美術館で、モーツァルトの自筆譜も含むモーツァルトに関する展覧会があり見学。 題して「Himmel und Erde」(天と地)。モーツァルト関係のMuseumは4か所目。まさにザルツブルグに来たという成果あり?

16:45に見学を終えて、外に出ると、街頭パフォーマンスでピアノ演奏をやっていた。ピアノまで持ってきてパフォーマンスをするとは徹底している。曲目はモーツァルト・メドレー。 彼の目的は自らの演奏するCDを15ユーロ(2千円超)で売ること。10ユーロなら買ったかも。 そのうち午後5時になっていた。

(つづく)
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再びミュンヘンへ |
【ザルツブルグにモーツァルトを訪ねて-26】
そこから旧市街を巡り歩き、露天でお土産のT-シャツを必要数購入。好きなデザインのものは、他にも買う人が多いらしく、希望の寸法がない。仕方なくBestではなくBetterなものを購入。大体20ユーロ位(€ 19.99, € 14.99 とか)。結構高い。
 (旧市街の露天街、飲食屋台も御土産小物屋台も多い)
あちこち放浪した挙句、ようやく行き慣れたカラヤン広場にたどり着き、そこからトロリーバスでホテルに帰り着いたのは午後6時。 速攻で荷物を受け取り、再びバス停に着いて乗車したのは18:18。いつものミラベル広場で乗り換えて中央駅(Haupt banhof)に着いたのが午後6時半頃。
18:35にミュンヘン行きの切符を購入し、ホームに上がると18:31発の列車が10分遅れで目の前を走り去った。仕方なく次の列車を待つことにする。 とはいえ、次の列車は19:03なので、それほど長い待ち時間でもない。 ザルツブルグ - ミュンヘン間は通勤列車並みに便があることがわかった。 さて、案内では2bホームとなっているが、2bには誰も居ない。ホームを右へ左へ放浪する。 結局、2bと同じホームの延長上の2aのところに行くと大勢の人が待っていた。 ミュンヘン行きの列車が到着すると、皆さんが並んでいたところは一等客席だったので、2等客席への集団移動が始まった。
19:03 発の列車に乗り込む。 ミュンヘンから来るときはガラガラだったが、ミュンヘン行きは大勢の旅行者で満席。 中年女性が荷物を置いていたので、「誰か来ますか?」と訪ねると荷物をのけてくれたので、そこに着席した。 斜め横の中国人の若い女性が、隣の仏語系らしき中年男性に英語やフランス語で話しかけているのが面白い。いかにもフランス語の練習をさせて頂いているという感じ。 荷物を降ろしてくれた中年女性が、ドイツ語で次に英語で「どちらに行かれるの?」と訪ねてきたので、英語で「ミュンヘンです」と答えると「ミュニーク」へ行くんですね。と返してきた。 ネイティブ(ドイツ人?)の人でも、英語で話すときは、現地発音の「ミュンヘン」ではなくて、「ミュニーク」と英語発音をするので驚いた。 英語とドイツ語を固有名詞(地名)の発音でも使い分けているのだ。 そうこうしているうちにすぐに検札が回ってきた。切符を見せると「この列車はミュンヘン終着だ」と教えてくれた。 居眠りしても乗り越す心配はない。
20:15 Rösenheim 着・発 20:48 München 着  (ミュンヘン駅;2006年8月16日撮影)
(続く・・・)
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ホテル「ドイツ劇場」 |
【ザルツブルグにモーツァルトを訪ねて-27】
ミュンヘン駅に到着
駅ビルを出て少し迷ったが、地図を眺めながら10分ほどそれらしき方向に歩き、近所のお店の人に聞くとそのホテルの位置を教えてくれた。 Hotel Duetshe Theater (ホテル「ドイツ劇場」)の受付へ。
インターネット予約票を見せるとしばらく見た後、これはこのホテルではなく、このまえを右にすぐあるもう一つのホテルだという。 100m以内に同じ名前のホテルが二つある!
おまけに姉妹店ではなく、全く別経営らしい。
シアターといっても本格的劇場があるわけではなく、複数の映画館が入っているビルに隣接して居るだけ。シネコンというほどではないようだ。
但し、翌朝良く見ると、「African footprints」という舞楽団の公演がここで行なわれているようだったので、それなりの劇場設備を持つホールもあったようだ。これを見ればよかった。
ホテルにチェックインした後、近隣を歩いてみたが、それらしきレストランが無い。トルコ料理、インド料理などのファーストフード店ばかり。 結局インド料理のファーストフード店の方で、カレーのフライみたいなもの二つとビールを黒とラガーそれぞれ500mlを取る。 そのフライに薄緑色のたれと褐色のたれが付いていたので、付けて食べてみるとこれが猛烈に辛かった。
ホテルに帰ってシャワーを浴びて久しぶりに早めに(それでも11時)寝た。
 (ホテル「ドイツ劇場」の室内)
(つづく)
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