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2002年6月の上海にフラッシュバック |
早くも5年も前になってしまった上海訪問の思い出を、 当時のメールマガジン方式のメールを元に書きます。
【2002年6月21日・記】上海訪問記−第1回
私ども九州大学ベンチャービジネスラボラトリィでのMOT(Management of Technology)スクールの同じグループで学んだ同志7名は、このグループの一員であり日中両国籍をもつKさんの案内で、2002年6月15日(土)から19日(水)まで中国・上海のビジネス視察ツアーに行ってきました。

日本は梅雨どき、中国も雨季という時節ながら旅行中は好天に恵まれ傘も不要の5日間でした。 実質的には一日目は昼下がり着、最終日は早朝出発なので、3日半と言う行程ではありました。 これから、何回かに亙ってこの小旅行の印象と成果を綴ってゆきたいと思います。
文体は、「ですます体」では今の上海の“生き馬の目を抜く”有り様とバイタリティを表現しにくいかと思いますので、「だ体」など織り交ぜて不定形で行きたいと思います。また、日程を順に追うのではなく、印象を書き付ける形で書いてまいります。
<コーディネーターは『中国遺棄孤児』の御子息>
この旅行の企画・引率・訪問先との交渉そして通訳を一手に引き受けたのは、T.K.さんだ。彼は9年前に帰国した中国残留孤児の御子息である。 この問題を扱った「大地の子」を書いた山崎豊子さんは、『残留孤児』というと自らの意志で居残ったようだが、これは実態を反映しない、むしろ大日本帝国・日本軍に置き去りにされた『遺棄孤児』というべきだと強く主張する。Kさんは弱冠28歳(当時)で、そういうハンディを負いながらも、福岡市中央区で日中貿易商社(WK商事)の社長をしている。
中国語がいわば「母国語」ではあるが、帰国後9年間で身に付けた日本語は殆ど違和感がない。 蔭の努力はいかばかりかと思う。
彼の交流範囲は広い。このようなビジネススクールでの交友関係はもちろん、中国政府の中までその人脈は広がっているようである。 とかく挨拶だけでおわりがちな各種の講演会やイベントでも最大限可能な限り面識を増やし知人をつくることに精力的だ。 人から人へのつてを手繰ってネットワークを広げて行く。遠慮していては13億人の中で生きてゆけないという中国での生き様がこのバイタリティの源でもあろうか。
というわけで、我々(みんな彼より20才くらい年長だが)はこの力強い先達の引率で上海の幾つかの企業を訪問してきたわけだ。 一部ではKさんのビジネスにも同席しながら。
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割り込み御免の交通事情 |
上海訪問記−第2回
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上海で最初の1枚(後方に上海タワーが見える)

この写真は記事とは直接関係ありません。 2004年6月の写真ですから現在はもっと変わっていると思います。
上海の交通にはびっくりだ。 一・二日目はタクシーに乗るたびに命が縮む思い。
急な車線変更は当たり前。 ちょっとすきあらば割り込むのが常識。
赤信号も平気で進む(人じゃない!車がだ!)。 歩行者優先なんか初めからルールがない? 歩行者のすぐ横を摺り抜ける、直前を横断する、 横断している人を押しのけるように進む、
高齢者が渡っていてもどこ吹く風、 高齢者が不自由な足で遠慮がちに道を譲る。
クラクションも鳴らし放題。 右折左折のルールもなきがごとし。
タクシーだけではない。 バスでもトラックでもバイクや自転車さえ歩行者優先の意識はなく、力づくで走っている。
車同士でも、まさに度胸が強いほうが一歩前に出るという感じ。 右折してくるバスの直前を左折するとか。 それも双方が徐行で力試しをするのではなく、いわば全力疾走で交差点に入ってきてチキンゲームのようにぶつかる直前まで度胸試し(我々の眼では)、数十センチはましな方で、数センチでかわすというのも当たり前。
タクシーにのっているわれわれはしょっちゅう「キャーッ!」「ウワッツ!」の繰り返し。
これでよく事故が起こらないと思っていたら、旅行中に数件の事故を目撃。 それでも大事故というわけではなく「当てた、こすった」程度。 よほどの腕と度胸がないと、『レンタカーをかりて颯爽と』とは行かない。 それに中国は日本と左右が逆。アメリカ式。車は右、人は左(とはいっても誰もまもっていないが)。
歩行者も赤信号など気にする気配はない。『渡れる時に渡る』心意気。 そりゃそうでないといつまでも渡れませんよ。 何しろ車が信号を守らないんだから。
我々も「左を見て右を見てもう一回左を見て」と幼稚園か小学校で学んだ“反対”を見ながら道路を渡る毎日であった。しかし、とても車とチキンゲーム(度胸試し)をする気にはならなかった。
とはいえ、4日目ともなるとそれにも少しなれ、上海の人々には上海の人なりの、暗黙の「交通ルール」があるのではないかと思えさえした。
そうでないと事故頻発間違いなしだから。おそらくこの辺までは許せる“ボーダーライン”的な了解があるのだろう。
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東京・横浜なんか目じゃない |
上海訪問記−第3回 ****************************

【浦東(プートン)地域超高層近代ビルと上海シンボルタワー】
上海が高層ビルの林立する大都会だとは聞いていたが、これほどまでとは。
行く前は、『そうは言っても副都心のような一角に高層ビル群があるだけなのに誇張して描いているんだろう』ってな考えだったが、どっこいそういう域を遥かに超した文字通り大都会だ。
福岡なんか遥かに及ばない。横浜だって敗ける。おそらく東京も越していると私には見えた。比べられるのはニューヨークくらいではないかと思う。(昨年訪問)
特に浦東(プートン)地域は超高層近代ビルとシンボルタワーがマンハッタンよりももっと新しく美しい装いで威容を誇っている。この地域のことは別のところで話そう。
裏道はまだまだ遅れているという向きもあろう。しかし、ニューヨークだって裏道やちょっと離れたところにはスラムのようなところがある。現ニューヨーク市長の努力で犯罪は東京並に減ったらしいが、少し前まではマフィアが暗躍する犯罪の巣窟だったわけだから。だから、ニューヨークと言っても上海に大きな顔はできないのだ。もっとも都市・農村の格差というか貧富の格差というか「差」は東京などとは比ぶるべくも無く、とてつもなく大きいようだ。
一方、上海も表通りを歩いている以上は、それほど危険なことはない。また、表通りはごみも殆どなく、いやな臭いも立ち込めていず、まさに近代都市そのものである。
それにしても、文化大革命で近代化の足を引っ張り、発展が10年以上遅れたこの国で、よくこれだけの都市計画ができ、外国企業も含めて企業を立地させ、上海の中心部から30分以上車で行ったところにさえ、超高層ビル群が再び現れるという発展を実現できたものだ。どの方向に走ってもしばらく低層建築が続いたと思うと再び超高層ビル群が現れるのだ。そして、そのようなビル群はオフィスビルばかりではなく高層住宅も数多い。
上海、千三百万人の人口を支える住宅群は多くが30〜40階建てのように見えた。そしてまさに雨後の筍よろしく、次から次へと建設されている。旅行中に走り回った極一部の地域だけでも建設中の高層住宅を何百本見たことであろうか。上海全域・中国全域を考えると途方もない。まさに上海は建設ラッシュの只中にある。これがバブルとなるのかどうかは今後の課題かもしれない。
とはいえやはり土地は国有財産であるという。しかし、上もの(建物)は個人所有である(公共住宅もあるとは思うが、今建設されているのはほとんど日本でいうマンション)。
それにしても、これだけの建物に電気を送り、人々に水を供給することができているということは、いまのところインフラの整備も同時に進んでいるということであろう。(経済特区上海だけのことであろうか?)ライフラインも含めた開発が進んでいることに脅威と共に畏敬の念さえ感じた。
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街も若者も一見日本と同じ風俗だ |
上海訪問記−第4回 **************************** いまどきチャイナドレスのお嬢さんや人民服の青年はいないぞ。
チャイナドレスは大きな中華料理店では従業員の制服として見られるが客にはほとんど居ない。 人民服のようなものは警官か人民軍の兵士くらいでは(正確には人民服とはいえないが)。
若者の衣装は日本と何もかわらない。化粧だってしている。そして携帯だ(ノキア製が多いもよう)。 誰もが携帯を持っているのは日本以上かもしれない。なにしろあの広い中国に電話線を張り巡らせるよりは無線基地か衛星通信の方が合理的なのだから。
見かけは日本人と一緒だが、生き馬の目を抜く上海で勝ち抜くためには『車の割り込み』に見られるように力づくで隙間に押し入って行かねばならないわけであるから、生活への必死さとハングリー精神は日本の若者ではまったく叶わない様な気がする。

さて、我々が泊まったのは『金門大酒店』という由緒正しい大理石造りの高級ホテル(一泊7500円成り;この価格設定は上海では高いほうだって。旅行社を通さずに予約すれば5000円程度ではないかとK氏。ベッドはWサイズ。)。 それでも【☆☆☆☆☆】ではなく【☆☆☆】だそうな。 Kさんはこんな古いホテルよりは超近代高層ホテルがよかったらしいが、7名分まとまってとれなかったとかで、このホテルに。 しかし、重厚なヨーロッパ風造りで多くの同輩は大満足。
このホテル「人民公園」のすぐ横にあり、言わずも知れた大繁華街の真っ只中。
隣はなんとアメリカ資本の象徴『麦当蒡』(実際には簡体字だがフォントがないので日本の漢字で)。 また人民公演の周辺の街灯全てには、これもアメリカ資本を象徴する『百事可楽』のペナント旗がはためいている。 その隣の百貨店の地下には、今度は『肯徳基』が。 そのうえ、街中を歩くと5分以内ごとに『麦当蒡』のお店に出会う。 まったくニューヨーク以上ではないかと思わせるアメリカ資本のオンパレードだ。また、 街中の広告サイン(LEDや液晶ディスプレイを使ったいわゆるネオンサインの近代的なやつ)では日本の電器会社の大宣伝などなど。

広告のあふれていること日本の比じゃない。バスやタクシーのボディは言うにおよばず、高架の橋脚やそこここの壁にも企業の広告が為されている。
反対に『政治スローガン』の広告は皆無で(消えかかったふるいものは幾つか残っていたが)改革・開放政策の立役者・小平や江沢民の写真もまったく貼り出されていない。(なお、この旅行記は2002年のものですので念のため)
人民公園に毛沢東の銅像もない。 川べりの公園には初代上海市長の銅像はあったな。
もう、この国が一応は社会主義国だという建前さえもまったく感じさせない、資本主義の頂点を行く国のイメージだ。 それもそのはず、資本主義発展の歴史を省略して、いきなり欧米日の最先端技術を取り込んで発展しているわけであるから。 ある意味ではイビツな歴史発展を進みつつあるともいえる。 この歪がいついかなるときに応力を支えられなくなって破壊するのかという懸念もある。同行の士の中にもそういう心配をする声があった。
【本日了】 注:『麦当蒡』;マクドナルド、『百事可楽』;ペプシコーラ、『肯徳基』;ケンタッキー でした。
おわび:若者の生き様を写した写真がありませんでしたので宿泊したホテルの写真で!
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賃金に比べて物価は決して安くない |
上海訪問記−第5回 **************************** 上海の物価事情はものによって大きく異なる。
【自動車】 自動車は日本円換算で日本国内の2倍以上。従って上海市民の収入レベル(日本円換算で日本の約十分の一)からするととてつもなく高いもの。いわゆる乗用車クラスで四百万円台。
【電化製品】 電化製品は日本の5〜7割位か? フランスから進出のスーパーマーケット・カルフール店頭でみた感じでは全然安くないぞ、という印象だった。とはいえDVDプレーヤーが日本ではDVDディスク並の値段(700〜2000元;1万〜3万円)で売られているというところを見ると日本よりは少し安いかな?
【自転車】 自転車は基本的な足なのでやはり日本よりは相当安い。2〜3千円と言う感覚か。 自転車売り場で気付いたのが『電動アシスト自転車』が相当数品揃えをして販売していることであった。 福岡のスーパーや量販店では、売っていないか1台くらい並べてある程度だが、こちらカルフールではずらりと並べて販売している。よくは覚えていないが2〜3万円位だったと思うから、普通の自転車の10倍くらいか?(2002年時点ですから、中国ではアシスト自転車の市場進出が随分進んでいたんです)
【食料品】 食料品もカルフールなどで売っているのはそれほど安くない。500ccペットボトル飲料水が50円くらい。 スターバックスのコーヒーは日本と同じくらいで250〜500円程度。 中華料理はフルコースで、日本で食べる時の五分の一くらいか?相当豪華に食べても2000円位(酒付き)。コーヒーの5倍くらいでフルコースという訳である。
もっとも裏道の商店や屋台、行商の食料品は安い。
【衣類】 衣類も百貨店やブティックでは決して安くない。(観光客相手ではなく、中国人相手の店だけれども) クロコダイルのT−シャツを特設コーナーで販売していたが、一桁間違う270元(約4000円) 裏道のT−シャツは20元そこそこ。もっとも百貨店・スーパー以外は値切り交渉次第。

旧市街の二間・間口の商店街(手前)と新市街百貨店(左側)
経済事情を詳しく聞いたわけではないので、一部を見ての推測になるが、下に書くような印象。 .屮薀鵐鰭覆蝋發ぁ ,海譴篭盪ち向けで庶民を対象としていない。 ◆\宿覆鰺入して販売している物は、日本と同等程度 原料を輸入している物は、日本の半分程度の価格 ぁ^豐咾靴胴馥發農源困靴討い襪發里脇本の十分の一くらい。 ァ―醋韻瞭常生活に使う物は(衣食)極めて安い。
【裏通りの店舗】 庶民が日常生活に使う物は、表通りから僅か離れた裏通りに行くと、いわゆる二間間口の店が軒を並べていて、食料品や衣料品、装飾品、時計や携帯、工具から建材、鉄鋼材料などあらゆるものを手ごろな値段で提供している。 ここでは一元、十元などの単位が取引の中心。日本でいえば十円、五十円、百円、5百円という価格帯で販売している。そしてこういう裏通りはゴミが散らかっていたり、嫌な臭いが立ち篭っていたりする。
【ホームセンター】 カルフールに隣接するホームセンターはすごかったな。日本のナフコやホームワイドなどは及びもつかない広大な売り場に日常用品や工具などはもとより、便器からバスタブ、鋼材から木合板やフローリング、門扉から窓までありとあらゆるものを売っている。 家を建てようと思えば全てここで調達できるくらいの品揃えと種類・量。圧倒された。
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上海M社・T社長との懇談−1 |
上海訪問記−第6回 **************************** 今回は、ビジネス視察の本来の目的であった経営者のお話を。 少し硬い話になるが、ご了承ください。
懇談に応じていただいたのは、日本を代表する名だたる大企業M電器(中国)有限公司・家電営業所所長のT氏。 (弘兼謙二氏の劇画「取締役・島耕作」流に言えば、初芝電気の島耕作さんのような方にお会いでき、貴重なお話を聞けた訳である。) 注:『有限公司』は株式会社と同じ。日本の有限会社のイメージとは違う。
営業所と言っても中国における家電部門は上海に集約されているので、この分野で中国全土の司令塔的お立場。自宅は福岡でひょんなことから当方の引率者であるKさんと知り合ったのが縁とのことで、福岡・上海股に掛けて飲み歩く間柄とか。 昨年(2001年)5月に実家福岡に一時帰国する途中でKさんと面識を得たそうだ。
 (写真は、イメージ写真で、今回の話と直接関係ありません。)
以下、1時間以上にわたったTさんの話の要約。(一部順不同)
(なお、改めて本日も書きますが、これは2002年6月のお話で、現在の上海はもっと発展しています。中国もWTOに加盟したので、あまりにでたらめな商取引はできなくなっているようです。)
『M上海;CMC』は2001年2月より家電のみを対象として上海を拠店に中国市場に進出。 M社全体では中国全土に41工場を立ち上げている。北は瀋陽から南は深せん(変換できない)、香港まで。
上海は経済の中心。北京は行政が中心の都市。大阪と東京の気質の違いに似たところもある。
昨年(2001年)より、中国進出のほとんどの企業が上海に移転してきていて、相互の競争も激しい。 (当に日本企業の上海進出が始まった直後に、このお話を聞いた訳であり、当時としては極めて新鮮な情報であったが、現在はもっと大きく変わっているだろう。)
上海の日本人は領事館登録数で9000人だが実数は2万人を超している。現在、在住子女のために学校の増設を行っているところ。
中国を理解する上で大前研一氏の「チャイナ・インパクト」をお勧めする。大前氏は中国を六つのエリア(メガ・リージョン)に分け、それぞれが経済的には別々の国に相当するものとして考えることを提唱。
海路地区(誤字かも?);北京を中心とした地域 東北三省(ハルピン、黒龍江省など) 長江デルタ地帯(上海、蘇州、無錫) 山東省(チンタオ他) 福建省(台湾系) 珠広デルタ地帯(珠海、広州、深圳など)
これらシックス・メガ・リージョンがいわば連邦制のような形で発展するとの説。 正確を期すためにはこの本を読みましょう。
これからの世界は圧倒的力を持つアメリカと、世界の製造工場といわれ大きな市場を合わせ持つ中国である。 リスクを犯しても中国に進出するのは、「ここで成功しないとあとがない」との決意である。
【大変。ここまでで私の小さな手帳の「メモ」の五分の一くらい。あと5回ほどTさんの話が続きそう。】
毎日続けると読む方が疲れるでしょうから、隔回ごとにします。
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いまでも人海戦術だ |
上海訪問記−第7回 ****************************
Logistics:いまでも人海戦術だ−自動化機械を投入しない

本日も記事と写真は関係ありません。 屋上レストランの一画からバンド地帯をみる。 映っている女性も、たまたまそこに居たひとです。
**************************** CRC Logistics『華潤物流(上海)有限公司』
中国でも最大手の物流企業である。もちろん全国展開している会社の上海分社のようなところ。
中国共産党が国民党と内戦をたたかっているときから存在し、共産党の物資搬送を引き受け、資金提供も行ってきたそうだ。 民営企業ではあるが、今も政府との関係は強いという。国内外の物流・貿易全般を取り扱っている。
取扱い物資の99.97%をリアルタイムに把握できている。取扱いミスは、3/10,000。 この、コンピューター管理システムは元々「盗難防止」を目的に開発された。(日立建機も建設機械の盗難防止に、この方法を採用した。) それが今では物流管理そのものに利用されている。
CRC−香港では、20フィートコンテナ換算で、年間57万コンテナを扱っている。一見少ないように思えるが一日・千五百個以上であり、相当な量である。
別の場所にあるGE・東芝の合弁企業(GE−TOSHIBA−Silicones)にある生産・物流倉庫を訪問。 ここでは樹脂ペレットを生産している。単に倉庫ではなく生産と物流が一体となった構成である。 原料のほとんどは多くの国々から輸入しているという。 樹脂製品の種類は、たとえば「Noryl」「Cycoloy」「Lexan」など。 検査で不合格品には黄色で「REC」と表示し、工場に戻し再生(Recycleか?)。
日本では物流倉庫というと、自動ピッキングシステム(パネルのスイッチを押せば、その番地にある荷物をロボット型ピッキングマシンが自動的に所定の場所へ持ってくるシステム)が当たり前に成ってきているが、そのような自動化装置は何も無い。 最新鋭の工場と倉庫にあるのは、3・4段のスチールラック(格段1.5m程度、全高さ4〜5m?)とフォークリフト1台のみ。あとは人手でやるのだろう。
とにかく、ここに限らず何かにつけ人海戦術でやることは平気な考えのようである。人力の『省力化』という発想はもともと希薄なのかもしれない。
CRC社は、このGE・東芝の樹脂ペレット製造工場の物流を上手(原料の輸入)から下手(製品の輸出)まで一手に引き受けている。GE・東芝は製品の製造だけに特化して資源(人・もの・金・情報)を投入でき経営コストを節約できる。 工場でのホッパーへの原料投入の直前までCRC社が引き受け。製品(樹脂ペレット)の梱包、倉庫での分類・整理・保管、発送・輸出まで事務手続きを含めて一切取り仕切っている。したがって、各提携企業の物流倉庫にCRC社の事務所があり(狭かった)、当然管理用コンピューターがある。
案内の方は、生産以外の全ての過程をCRC社がやっていることを強調されていた。
工場の階段に『三大規律・八項注意』という革命当時の中国人民軍のスローガンをもじった「生産・安全スローガン」が掲げられていたのが興味深かった。共産党との距離感のあらわれかも。
【本日了】訪問先が写真禁止だったので、本日の写真は記事とは関係ありません。
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上海M社・T社長との懇談−2 |
上海訪問記−第8回
**************************** 『中国脅威論』について
中国は公称人口12億7千万人。世界最大の生産国。全ての輸出国。全ての消費国。 たとえば、テレビの生産能力は、年間4000万台市場に送り込むパワーがある。
公称以外の人口も数千万人といわれている。(もっと大きな数字をあげる人もいる)
従って、10%でも日本市場と同等。1%でも1300万人の大きな市場となる。 日本のものづくり能力の空洞化が言われているが、それ以上に市場としての可能性が大きい。
日本企業が苦労するのは『回収』である。 配ったら売れたの発想であり、お金の支払いには無頓着。 あったら払ってもよいという考え方。 中国進出ブームであわてて進出してきた企業は、全てが『回収』ができずに『不良債権化』して失敗。 かくいうM社も進出当初は大きな損失を抱え、今もそのつけが残っている。約2千万元(3億円)くらいの未回収債権がある。 進出してきた当初はとりあえず広げる必要があったので、不慣れな点があり大きな失敗をした。
いまでも人事面では実態としては不充分な面がある(制度は整っているのだが)。日本人はT氏を含めて4名のみ、あとは全員現地スタッフできりもりしている。 社員が、夢を持ってずっとM社でやってゆこうという意気がない。あわよくば上の立場をねらう(他の企業に転職してでも)気質が強い。企業文化や社員の意識としてはアメリカに近い。力ある者が勝つ。
企業間の人材引抜きや流出は日常的に入り乱れており、『企業秘密』もあってないがごとし。 T氏の元秘書は、今やカメラのO社の営業部長になっている。一般的にその理由は、『出世』や『高い収入』『20代でも家をもちたい』などで、独立心も高い。 もっと高い役職に付きたい、収入も上げたいという社員の意識が転職を促す。

M社が入居しているこのビルは「森ビル」が実質運営し、名前だけ香港系の銀行『HSBC』に約30億円で売った。 日本の銀行の殆どと多くの日本商社が入居している。家賃の大幅値上げの話が来ていて困っているところ。
この地域『浦東;プートン』は一大金融街になっている。 上海も全国では民力が高いが、この地域は中でも上海の1.3倍の民力がある。 売上には付加価値税「造値税」(この字でよかったかな?)17%が科せられている。M社は128万元(約2000万円)/月(?)払っている。
注:上記はメモと記憶に頼っていますので、正確さを欠く部分もあるかと思います。
録音しているわけではありませんので、念のため。
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