2009年10月31日(土)
先日、10月28日(水) 福岡市のエルガーラホール(約300人収容)で、 俳優の長塚京三さんが翻訳し、主演する演劇【エンバース】を観ました。

出演者は、3人。 長塚京三:ヘンリック(75歳)旧オーストリア・ハンガリー帝国の将官 益岡徹:コンラッド(ヘンリックと同年代)軍人時代の親友 鷲尾真知子:ニーニ(91歳)ヘンリックの乳母
その中でも女優の鷲尾真知子さんは、最初と最後にちょとだけ出るだけで、 殆どが益岡徹さんとの二人舞台。

さらにセリフは殆どが長塚京三扮する旧オーストリア・ハンガリー帝国の将官ヘンリックのもので、 益岡徹扮する旧軍人コンラッドは、ヘンリックの問いに答えるために語り始めようとするのですが、 その度にヘンリックが発言を遮り自論を展開するという流れで、発言することができません。
益岡徹さんは、セリフがあまり無いうえ、殆ど着席したままの姿勢なので、 表情だけで演技すると言う究極の演技に挑戦しています。
一方では、全くセリフの無い「間」も多いドラマです。 特に、“暗転”から始まる冒頭の5分間?ほどは、全くセリフがないままヘンリックだけが舞台上で、立ち尽くしたり少し歩いたりと言う動きの少ない演技で聴衆をひきつけます。
公演中も休憩中もショパンのピアノ曲(ポロネーズやワルツやノクターン)が流れていました。
*************** 長塚京三さんの「おどおどした演技」とセリフは実にうまいのですが・・・ アクションが殆どないセリフ劇なので、本当の演劇通で無いと疲れるか寝てしまうでしょう。 私は演劇が好きなほうですが、やはりうっかり目を閉じてしまいました。 短時間でしたが・・・
それと、途中でヘンリックがコンラッドから何を聞き出したいのか解るのですが、 そこからのやりとりに同じ事の繰り返しがあって(原作者はあの手この手で聞き出そうとしているというニュアンスを出したかったのかも知れませんが)、「あれ、さっきと同じことを訊いている」という感じで、やや退屈でした。 楽しめる演劇とはいえなかったと思います。
*************** 原作は、英国のシャーンドール・マーライ 元の脚本はクリストファー・ハンプトン 演出は、板垣恭一 美術は、朝倉 摂 ***************

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【解説】 シャーンドール・マーライ作、クリストファー・ハンプトン脚本、長塚京三訳『 エンバース〜燃 え 尽 き ぬ も の ら〜 』。この芝居は、光輝溢れるハプスブルグ家が崩壊し、オーストリア・ハンガリー帝国が滅亡して間もない1940年、ハンガリーの片田舎に佇む古城の一室が舞台です。
館の当主、旧オーストリア・ハンガリー帝国の将官「ヘンリック」が、かつて親交のあったある人物の到着を待ち構えています。幼年学校、士官学校、近衛連隊を通じて、彼の無二の親友だった「コンラッド」です。実に41年振りの再会。でも友好的な邂逅ではありません、復讐にも似た、波乱を含んだ対決です。
彼らはともに75歳。さらに、この芝居の3人目の人物、ヘンリックの乳母の「ニーニ」は、90歳を超える老婆です。以上3人の老人が、この芝居の登場人物となります。
75歳の老人ふたりが、もうどうにも取り返しのつかない人生の悔恨を噛みしめながら、はたして自分たちは、ひとりの女性を「本当に愛した」と言えるのかどうか、自問し始める。あまり馴染み深い図柄ではありません。しかしこれ以上に演劇的な構図というものも、そうはありますまい。
紳士の面目、誇り、あるいは友情の神聖さ。それらはそれ自体、きわめて貴くはありますが、愛する人に捧げる「自己犠牲」の前では決して等価と言えない。人を愛する喜びとは、その人のためになら、いつでも自分を投げ出せるという喜びではなかったのか。
ヘンリック役には、今回、翻訳も務めた長塚京三。長年、心に温めていた企画だけに、観る者に、『愛することの喜びと感謝』を、伝えてくれることでしょう。
長塚京三さんと長塚圭史さんに関するスポニチ記事は、ここをクリック
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テーマ:演劇・劇団
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